アリスマ王の愛した魔物 書評|小川 一水(早川書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2019年5月11日 / 新聞掲載日:2019年5月11日(第3288号)

小川一水著『アリスマ王の愛した魔物』

アリスマ王の愛した魔物
著 者:小川 一水
出版社:早川書房
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 「便利な時代になった」

これは私の母の口癖だ。現代社会は、技術の発達により、人々がより豊かに暮らせるような工夫が様々な場所で施されてきた。特に目に見えて発達したのが人工知能(AI)技術だろう。スマートフォン、自動車、家電製品、エレベーター、ゲームといった様々な物に人工知能は組み込まれている。あることが当たり前。いつからか私たちの生活に人工知能は欠かせないものとなっている。

しかし、本書の表題作『アリスマ王の愛した魔物』は、そんな便利な人工知能の恐ろしさを間接的に著している。ある小さな国の六番目に生まれた、数字が大好きな王子アリスマは、少し変わった従者と共に様々な活躍をし、国を拡げていく、というのが本作のあらすじである。そして王子の活躍を大きく支えたのが、効率化を目的とした計算の殿堂「算廠」である。算廠は入力された数字(情報)をもとに様々な計算を行う擬似的な人工知能として描かれている。しかし、この算廠には決定的な問題がある。それは、算廠の動力源が人工知能のような機械ではなく人間であるという点だ。算廠の中では、人間が入力された数字を基に計算し解を出す。そして、解が出る頃には多くの人間が力尽き死んでしまう。

私はこの欠陥として描かれている部分こそが、人工知能を上手く著している点だと感じている。 人工知能は便利なものだが、人工知能を利用することで人間は考える力を失っているのではないだろうか。人間は何か問題が起こった際、その問題をどう解決するかを考える。だが、人工知能を使えば問題を解決するために必要な過程を考えることなく解を導き出せてしまう。本作の算廠が利用することにより、人間を浪費していったように、我々も人工知能を利用することにより考える力を失ってしまっているのではないだろうか。哲学者マルクス・トゥッリウス・キケロの言葉に「生きることとは、考えることだ(To live is to think.)」という言葉があるように、考え悩むことこそ人間の生きる本質ではないだろうか。我々は今、人工知能によりその本質を失おうとしている。

人工知能が与える効率化の裏で、我々は何か大事なものを代価として奪われているのではないだろうか。アリスマ王が算廠という名の魔物を愛したように我々は人工知能という魔物を愛してしまっているのではないだろうか。今一度人工知能との関わり方を考えなくてはいけないと私は考える。

本書では今回紹介した短編以外にも他四つの短編が収録されている。自動運転車に乗せられたロボットを通してAIの権利について考察した短編、自我を持ったバイクの生涯を描いた短編など、独特な視点で描かれた短編が収録されており、ユーモアに富んだ短編集となっている。本著で我々を取り巻くAI技術の可能性と起こりうる問題について改めて考えると同時に、SFというジャンルを是非楽しんでもらいたい。
この記事の中でご紹介した本
アリスマ王の愛した魔物/早川書房
アリスマ王の愛した魔物
著 者:小川 一水
出版社:早川書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「アリスマ王の愛した魔物」出版社のホームページはこちら
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