丸山眞男×久野収×大塚久雄  思想の冒険 ――思想史研究の新しい前進のために 『週刊読書人』1959(昭和34)年6月29日号 4~5面掲載|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年5月12日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第281号)

丸山眞男×久野収×大塚久雄 
思想の冒険 ――思想史研究の新しい前進のために
『週刊読書人』1959(昭和34)年6月29日号 4~5面掲載

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第4回
状況における問題意識 社会経済史からのアプローチ

大塚 久雄氏
思想史と経済史

大塚 
 今までのお話では思想史の底にある立場というか、その思想的根底というようなものが問題になってきたわけですが、少し思想史そのものにずらして、私は経済史が専攻なので、その側から物を見るくせがあるんですが、そういう立場から思想史プロパーのかたがたはどういうふうに見ておられるのか伺いたいといつも思っている問題がるんです。それは、さきほどの思想の伝播ということと、それからそれによって生じる、とくに後進国のばあいですが、思想史と社会史、経済史のずれを、思想史の固有な分野の力でどう処理されるべきなのかということです。経済史のうえで発展段階のおくれたいわゆる後進国に先進国のうみだした思想がうけいれられるために、社会経済的現実と思想との間に、ある意味でのズレが生じる。このズレの程度は歴史上さまざまだし、またいろいろ異なったコンビネーションが作りだされもするわけでしょう。自分の専門領域から問題を出して恐縮ですけれども、たとえば、イギリスでいえば名誉革命から産業革命にかけてのころのイギリス、フランス両国の関係を見てみますとね、イギリスで作りだされた生産、商業、金融などのさまざまな技術や組織形態がフランスに持ち込まれていって、本来のイギリスにおけるものとは歴史的正確の全く違った社会的利害によって利用される。たとえば、イギリスの産業革命が生みだした、紡績機械がフランスに持ち込まれて、それとは正反対の、アンシャン・レジームに結びつくような社会的利害によって利用されるというようなことがある。同様にある思想が社会史の段階の異なった他国に持ち込まれて、場合によると、思想史的には一応同じ思想が社会史的にはかなり違った役割を果す結果になる、ということがあるように思うんですが、そういう問題が日本にもあるんでしょうね。そういう問題は思想史固有の領域ではどのように把えたらよいのでしょうね。
丸山 
 ぼくは従来の思想史の一つの欠陥はね、『文明東漸史』の悪い面を受けて、原型は向こうにあって、それがこっちへ伝播して来るというとらえ方。これはシュウォーツかなんかも言っているけど、たとえば中国の近代史を見ますとね、ハックスレーの進化論なんかとモンテスキューが一しょに訳されて同じような影響を与えている。ヨーロッパではハックスレーとモンテスキューはちょうど十九世紀と十八世紀のちがいを典型的に代表していて同じにするのは論理的な混乱以外のなにものでもないという事になっちゃうんです。ところが、中国がどういう状況に直面してどういう方向で問題を解こうとしたか、解くにはどういう道具を必要としたか、という点から考えると、ヨーロッパの歴史的発展の中では違った段階の思想がくっつきうる条件があるんですね。日本の思想史にも同じような問題があるんじゃないか。ミルとスペンサーとルソーが一しょにはいって来て自由民権運動は思想的には全部混乱してると言っちゃっちゃ元も子もなくなる。スペンサーの中の何を生かそうとしたかルソーの中の何を生かそうとしたかという事を、こっちの立場で考えなければいけないんじゃないか。そいういう意味で思想史をもう一ぺん考えてみる。すると大塚さんの言われた社会経済史と思想史のズレももう少し解決されて来るんじゃないかという感じがするんですよ。
大塚 
 なるほど、そうですか。経済史の立場から見ても、それは大変な問題になるわけで、経済史の理解の仕方にもかなり重要な影響が出てくるにちがいないと思いますね。
久野 
 日本は遅れた遅れたというふうにいうのは間違いだ、むこうも遅れとるんで、日本は進んどるんだ――という説があるでしょう。ぼくはね、その時にこっちの側は、向こうの原理を、いま丸山さんのいわれた状況に即して、その状況の中から冒険する、一つの冒険の原理としてとらえているんで、事実としてみれば、遅れてる面もあるし進んでる面もあるし、そりゃあチャンポンだろうが、それだけをいうのではね。
大塚 
 もう一つ、それに関連してこういう問題もあると思うんですがね。たとえば、イギリスでの資本主義の精神といえば、まあ十八世紀が絶頂でしょう。資本主義の精神といえばエートスなんだから、当然ある一定の倫理観と結びついている。そこでこういう考えが出てくるんです。その当時の重商主義の文献などを見てみると、当時のイギリスの中小生産者や労働階級の頽廃はひどいじゃないか、だからおかしいとこういうんです。たしかに当時のイギリスの小生産者たちや労働者たちは酒を飲んだり、いろんな道徳的頽廃がつきまとっていたでしょう。ところが、一たん彼らが真面目になったときと、戦時中の日本人が真面目になったときは、倫理観の内容が大変違うと思う。頽廃についても、真面目になったときの行動様式にも、現象の上では似てるところが多々あるけれども、何かそれを根本において支えてる価値体系の違いというものがやっぱり厳としてあるんじゃないか。そういう面もしばしば見逃され易い。そりゃあ、ヨーロッパ人だって、日本人だって、同じく人間ですから、共通した点が沢山あっても、ちっともおかしいことはないわけですよ。
久野 
 それをあたかも歴史を見るバランスの取れた歴史家的な見方だというふうな説がこのごろ少しあるでしょう。それに対してぼくがさっきハイポセティカル・ヒストリーというムチャないい方をしたのは、それにはなはだ不満なんです。かといって今の歴史記述の、これは丸山さんや大塚さんにお尋ねしなければいかんと思うんですけど、ある歴史の、これは市井三郎さんと上田春平さんとの今度の筑摩の講座での共同研究でも書いてありますが、たとえば、幸徳秋水の場合、今から幸徳秋水の批判をするのは不当にやさしいわけですよ。幸徳秋水は一九一〇年に死んでいる。それ以後の事実の展開を見ていない。われわれは少なくとも幸徳秋水ほどひじの力も頭の力もなくても、あと四十年の歴史を見てるでしょう。現代から書かれた幸徳秋水論を見ますとそういう書いている人にわれわれは不当にやさしい地点へ立っているんだという自覚が非常に乏しいんです。彼はこういう足らんところがあったとか、無政府主義的偏向を犯しているという批評をするけれど、そういう批評に対してはぼくは読んでも不愉快なんですね。歴史はどうしてもその評価をやらなければいかんのだけれども、本居宣長、あるいは北一輝を論ずるにしても、それ以後展開された歴史を北一輝が知っていながら間ちがったのだとでもいわんばかりの評価の仕方は、どうもとりたくないのです。

そうなると一体いまの立場から歴史を見た場合にどのような評価の仕方をとるべきかという問題があるのです。
大塚 
 ただ、私なんかのやってる経済史の固有な領域ではその問題は直接には出てこないですね。経済はいわば歴史における自然だからでしょうか。むしろわれわれは不当なやさしさを逆用してやってるわけです。たとえばイギリスやフランスの場合に封建制が崩壊して行った過程ですね、どういう事情のもとに封建制が崩壊せざるをえなかったかということがとっくに済んだことだから比較的よくわかるわけです。その只中にいるんだととても判りゃしない。向こうでとっくに済んだ、だから理解しやすいところをもう一ぺん経済理論で検証して、そこから封建制の崩壊というここの基本線をつかみだしてみようということをやってるんです。その点で思想史と経済史とは全然違う。
久野 
 全然違うとは思いませんが、そこに違いはあるわけですね。
大塚 
 そうですね。全然ちがうというと言いすぎで、経済史も、経営者の経験の蓄積を歴史的につかもうとする経営史や経済史が思想史や政治史とふれあう領域では久野さんのおっしゃるとおりですね。しかし、われわれは、その一番基礎の経済史プロパーの領域がまだまだ残っているんです。
久野 
 思想史の場合でも見える地点に立つということはいいことだし、本人にとって見えなかった歴史が今のわれわれにとって見えていることはいいことですが、それを逆用していま経済史がやってるようなフルに使う方法は、まだ思想史でほんとうに確立されていないんです。
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