老いと踊り 書評|中島 那奈子(勁草書房 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年5月18日 / 新聞掲載日:2019年5月17日(第3289号)

老いと踊り 書評
貴重な生の声を届ける
「老い」と「踊り」を同時に論じる

老いと踊り
著 者:中島 那奈子、外山 紀久子
出版社:勁草書房
このエントリーをはてなブックマークに追加
本書に類書はない。「老い」について論じた本もあるだろうし、「踊り」について論じた本もあるだろう。しかし両者を同時に論じた本はまず見あたらない。アンソロジーである本書は、決して若くはないイヴォンヌ・レイナーや花柳寿南海などの一級のダンサー/踊り手をはじめ、やなぎみわやレノーラ・シャンペーンといった現場の人間、鎌田東二や貫成人などの理論の先鋒、そのほか東西文化と高齢妙齢のはざまにいるさまざまな人間の貴重な生の声を届けている。

「老い」について論じることは、超高齢化社会の日本に生きる私たちにとっては言うまでもなく喫緊の課題である。この問題が私たちの前に浮上してきたのはごく最近のことだ。老いは致命的な疾病、戦争、飢餓が身近ではなくなった第二次大戦後の先進国特有の問題、つまり簡単には死ななくなった私たちの問題である。日本は国際社会の先陣に立ってこの問題に直面している。

また「老い」について論ずることは種としての人間特有の問題でもある。多くの動物は弱って、役目、特に生殖の役目を終えれば死ぬ。本書によれば、役目が終わっても生きながらえるのはゴンドウクジラと人間しかいないらしい。

では一方、「踊り」はどうだろうか? 本書では、八十歳の花柳寿南海が人間国宝になり、小野小町が老女として描かれる日本舞踊や能の世界を挙げ、名人や老成といった経験値が極めて重視される日本文化の特徴を指摘する。しかし同時に、現代における「老い」の評価は必ずしも老いの肯定ではないことも描かれる。「踊り」の世界から一歩離れると、老いても元気、若々しさ、ピンピンコロリなどの極端な推奨により、実は今まで以上に老いや弱さに不寛容な社会が浮き彫りになる。鎌田東二も言っているように、子供と老人は今の社会では、教育と介護の場に隔離され、生きにくい生を強いられている。

老いを想像以上に疎外するこの世の中にあって、「踊り」は老いを受け容れ、芸術の高みへと昇華してくれる貴重なツールであることを本書はその主題で堂々と示した。老いは昇華されうる。特に大野一雄や《トリオA》のイヴォンヌ・レイナーにとっては、その若いころの踊りの残像と、老いた踊りの制限された表現の二重性が意味を持つ。それは存在のぎりぎりのところで存在を問う、外山紀久子から言わせれば、死に近い場所から存在に触れることであり、貫成人に言わせれば、見る者に「滂沱の涙」を流させるのが老いと踊りの饗宴である。

しかし本書は老いと踊りを耽美主義では終わらせない。本書のラムゼイ・ハートも社会学的背景から論じているように、最近の老いへの関心は、消費の中核であるベビーブーマー世代(日本においては団塊の世代)の老化によるものであり、「老い」の一大市場が出来つつあるという消費の文脈からの指摘を忘れない。そのことは尼ケ崎彬が指摘するように、老いと踊りを一部のダンサーのものから、多くの老人の余生を彩るものに変える可能性もある。そこには一部のエリートのものであった芸術的昇華としての踊りが、卑近な日常生活の趣味になりかわる未来も示唆されている。

本書は「老い」と「踊り」という視点を早くから持っていた編者である中島那奈子の慧眼によるところが大きい。中島は「老い」が神聖視すらされる日本舞踊の師範でもありながら、ドイツ、アメリカと西欧諸国に学び、「老い」が忌避される環境も同時に味わってきた。本書はそうした東西の文化衝突、そして今、私たちがかつてないほどに「老い」というものを直視しなければならない現実、さまざまな局面で息苦しさ・不自由さを感じながらなおかつ創造性を発揮しなければ経済的に生きていけない昨今の私たちのとっての「芸術」の価値、を改めて問い直してくれる。本書はこれらの問題に簡単に答えを与えるような愚はしない。さまざまな論者からの絡み合い、もつれ合う声は、エーコよろしく、作品は開かれていること、問いは立てることから始まることを教えてくれる。
この記事の中でご紹介した本
老いと踊り/勁草書房
老いと踊り
著 者:中島 那奈子、外山 紀久子
出版社:勁草書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「老いと踊り」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
学問・人文 > 哲学・思想関連記事
哲学・思想の関連記事をもっと見る >