スピノザ『エチカ』講義 批判と創造の思考のために 書評|江川 隆男(法政大学出版局 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年5月18日 / 新聞掲載日:2019年5月17日(第3289号)

スピノザ『エチカ』講義 批判と創造の思考のために 書評
ドゥルーズ主義的スピノザ解釈
十七世紀の古典的理論を現代によみがえらせる大胆な試み

スピノザ『エチカ』講義 批判と創造の思考のために
著 者:江川 隆男
出版社:法政大学出版局
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本書は、十七世紀オランダの哲学者スピノザ(一六三二―七七)の主著『エチカ』を、新たな観点から全体にわたり解説する試みである。その際に著者が依拠するのは、二〇世紀後半の著名なフランスの哲学者ジル・ドゥルーズ(一九二五―九五)である。著者の江川隆男は、日本を代表するドゥルージアンの一人であり、徹底的にドゥルーズ主義的な観点から、本書でスピノザ哲学を描いている。だが、三百年の時を隔てた二人の哲学者のあいだには、理論的に見逃せない距離があるため、はたして両者がうまく融合できるのかどうかが問われるだろう。

外見的には、本書は全十五回の講義として『エチカ』を解説しており、大学の教科書の標準的形式を備えている。解説の仕方もまた比較的穏当に見える。本書で江川は、『エチカ』第三部(「感情の起源と本性について」)から始めるという方式を採用しており、そこから同書第五部まで導いたうえで改めて第一部・第二部の解説へと戻っている。一般的に、読者が哲学書に向かうとき、冒頭から順を追って読むことは必ずしも得策ではないけれども、『エチカ』の場合は特にそうであることがよく知られており、第一部(「神について」)で多くの読者が挫折するこの厄介な古典に対してこれまで様々な解説の順序が工夫されてきた。江川による解説の順序は、読者にやさしいよく考えられたものであると言えよう。

だが内容に目を向けるならば、本書は強く異彩を放つものとなっている。なるほど、ここ数十年のスピノザ解説には、ドゥルーズの名が頻出してきた。このフランス現代思想の大家がスピノザを称揚したことは広く知られており、彼は概して、重要なスピノザ解釈者の一人と見なされいる(分析哲学系の文脈によって、フランス現代思想を無視するスタイルをとらないかぎりは)。しかし、ドゥルーズの場合、彼自身の哲学と、彼のスピノザ研究とのあいだには、一定の距離がある。特に、実体(=神)をどのように扱うかなどをめぐって見逃せない違いがあるのだ。そのため、「差異の哲学」として知られる彼自身の理論に依拠して『エチカ』を解釈するものは稀である。

江川の『エチカ』解釈は、その穏当な外見に反して、類を見ない内容をもっている。本書が提示するスピノザは「差異を肯定する」哲学者であり、『エチカ』の神は「まさに〈差異〉そのもの」にほからない。こうした主張は、たしかにドゥルーズ主義的ではあるが、スピノザ解釈としては、本人以上にドゥルーズ主義に徹したものとなっている。結果的に、著者の大胆な試みは、十七世紀の古典的理論を、現代によみがえらせることに多くの点で成功しているように思われる。例えば、外部からの触発に開かれた「身体」をめぐって力強く進められる解説は、従来のどの説明より読者を啓発するものと言えるかもしれない。

興味深いのは、著者が時にドゥルーズのスピノザ解釈から静かに離脱している箇所である。例えば、理性知および共通概念についての説明を見ると、江川は、スピノザが言う感情ないし精神の受動から、理性知ないし第二種認識への移行を、無媒介的で不可逆的な「反転」としている(第六講義)。受動的な感情からその受動性が差し引かれることで、感情は能動的な理性へとそのまま反転するというのだが、ここには、ドゥルーズが述べたような、共通性の低い概念から高いものへと徐々に共通概念を形成するという実践的ヴィジョンとはいささか異なった論点が含まれている。江川自身による独自の解釈として注目に値する。

本書は、ドゥルーズ自身よりもさらにドゥルーズ主義的なスピノザ解釈を追究しており、そこに著者自身の独自の「反―道徳主義的」哲学を垣間見ることができる。『エチカ』解釈において、時にはドゥルーズ自身のスピノザ解釈からの逸脱を見せつつドゥルーズ主義を貫徹するその姿勢に、本書の大きな特色がある。
この記事の中でご紹介した本
スピノザ『エチカ』講義 批判と創造の思考のために/法政大学出版局
スピノザ『エチカ』講義 批判と創造の思考のために
著 者:江川 隆男
出版社:法政大学出版局
以下のオンライン書店でご購入できます
「スピノザ『エチカ』講義 批判と創造の思考のために」出版社のホームページはこちら
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