なぜオフィスでラブなのか 書評|西口 想(堀之内出版 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年5月18日 / 新聞掲載日:2019年5月17日(第3289号)

なぜオフィスでラブなのか 書評
「職場恋愛」を多面的に考察
男女ともに無縁ではない 職場の「公私混同」問題

なぜオフィスでラブなのか
著 者:西口 想
出版社:堀之内出版
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本書は、「オフィスラブ」(「職場恋愛」をそのままカタカナ語にした和製英語)を正面からとらえた評論集である。著者は、性別も世代も異なる11人の日本の作家の小説作品だけでなく、「オフィスラブ時代の子ども」である自身と母親の経験も織り交ぜて、「オフィスラブ」について多面的に考察している。

「なぜオフィスでラブなのか」という本書の問題設定は、「オフィスは仕事をするパブリックな場所であり、恋愛はプライベート領域に属する。本来区別されるべき両者が交じり合ってしまうのであるから、公私混同と言える」という認識が基礎になっており、きわめて現代的である。評者は明治時代以降の逓信事業関連の史料を読んできたが、男性と女性が同じ空間で仕事をすることに対する危惧が戦前は強かった。公私の分離は長いこと明確ではなかったからである。男女が多くの時間を共に過ごす職場では、結婚前の女性の「貞操」が脅かされうるということ、つまり「オフィスラブ」の可能性が十分に意識されており、それを未然に防ぐために性別職務分離が正当化されていたほどだ。本書によれば、しかし戦後、恋愛結婚の主流化と並行して職場恋愛はむしろ増えていくし、国際比較をすると、日本では「職縁型」の出会いが他国を大きく上回っているという。男女が一緒に働く時間が長くなった社会で、出会いの場所が職場とその周辺に限定されていくのは当然だろう。だからこそ問題となってくるのが、かつてはコース別人事管理制度や自主的な結婚退職といった制度や慣行が埋め込まれた「女性が働きにくい「不平等でいびつな職場」が、出会いと恋愛の舞台になってきた」という事実である。不平等な構造を持つ職場での「オフィスラブ」が、対等な者同士の自由恋愛ではなく、「ハラスメントの温床」になる所以である。そして、バブル経済崩壊後に氷河期世代の現実を目の当たりにした1984年生まれの筆者は、これを女性だけの問題として周縁化するのではなく、男女ともに無縁ではない長時間労働や性差別・マイノリティ差別という職場における「公私混同」問題の一つとして正しく理解している。

本書の問題設定だけでなく、戦前から現在に至る作品に描かれた職場、そこで働く女性、男女の関係性のありよう、「オフィスラブ」の描かれ方に、評者は時代の変化と「労働のリアル」を痛感した。本書で引用された津村記久子作『ポトスライムの舟』の一節に、29歳の女性契約社員ナガセの本音が吐露されている。「今の生活では、男を捜している時間も、余裕も、つてもなかった。もっと若ければどうにかなったのかもしれないが、その時期は、前の会社での気違いじみたパワーゲームと、その後遺症による長い脱力と、新しい職場に慣れるまでに費やされてしまった」。この中の「男」は「女」にもほぼ互換可能である。この時代の労働者の疲弊した現実が上手く描けているのは、津村自身が会社員時代にパワハラも経験した氷河期世代だからだろう。

この作品が出て10年。職場の現実はさらに変化し、昨今では有期雇用が一層増大し、今後はAI化も進展するだろう。こうした状況下で従来型の「オフィスラブ」は存在し続けるのか。評者はこの新しいリアリティを描き出す作品の出現と今後の研究の進展を大いに期待しているが、そうした意味で本書は重要な問題提起を行なっている。
この記事の中でご紹介した本
なぜオフィスでラブなのか/堀之内出版
なぜオフィスでラブなのか
著 者:西口 想
出版社:堀之内出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「なぜオフィスでラブなのか」出版社のホームページはこちら
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