人類最年長 書評|島田 雅彦(文藝春秋 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年5月18日 / 新聞掲載日:2019年5月17日(第3289号)

人類最年長 書評
人類最年長の男が語る、 日本近現代史
時代を超えた存在が醒めた目で世相を観察 

人類最年長
著 者:島田 雅彦
出版社:文藝春秋
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人類最年長 (島田 雅彦)文藝春秋
人類最年長
島田 雅彦
文藝春秋
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明治維新成立の七年前に当たる一八六一年生まれ。現代にいたるまで百五十年以上生き続けた男の語る日本近現代史という趣向の作品である。主人公は若くして「毒婦」高橋お伝や樋口一葉と出会い、日露戦争に記者として従軍、負傷。関東大震災の朝鮮人虐殺に行き会い、玉の井で愛人を持ち、戦後は上野の浮浪児の面倒を見る。長すぎる寿命が目立たぬよう、四つの名前を乗り代えつつ、時代の目撃者となるのである。

極端に成長や老化が遅い特異体質の主人公が醒めた目で世相を観察するさまは、かの『ブリキの太鼓』を思わせる。作品の狙いは、冒頭近く、主人公の語りとして「私は世の中を低い位置から仰ぎ見ることしかできなかったが、案外、犬の眼差しから見た方が世の中の動きはよくわかるものかもしれない」(三七頁)と明かされている。

その意味で言えば、あまり成功しているとは言えない作品である。主人公=語り手は「犬の眼差し」というには社会全体に目が行き届き、むしろ「鳥の眼差し」というべき俯瞰的な記述が多い。後知恵とも言える現代からの視点も多く入り込んでいる。

例えば幼年時代を過ごした横浜については「それまで流通の中心だった江戸から人、物、カネが一気に江戸に流れ込んできた。江戸の問屋は既得権益を脅かされ、物価も高騰し、幕府はその対策として五品江戸廻送令というお触れを出し(以下略)」といった調子。生まれてまもない幼児が知るはずもない、経済史的な専門知識である。到底犬にはなり切れない作者の知性が透けて見える。

解説めいた記述が多いことはまだしも、主人公の両親などについても具体的な描写や記述は少ない。例えば人柄などもほとんど分からない。父親は旧会津藩士ということになっているが、そう書いてあるだけで、どんな人なのかという描写はほぼない。

家族との縁の薄さはその後も同様だ。昭和に入り、気の強い実の娘が反抗して水商売の道に入ったり、関東大震災の時に助けた女性に玉の井で再会、愛人関係になったりし、物語が動き出す感があるのだが、それもあまり続かない。主人公が時代を超えた存在であるからか、そもそも人間関係に執着がないようなのだ。すべてにおいて薄味である。そこにえも言われぬ洗練があるのかもしれないが、評者には判断できない。

薄味になるのは、主人公が小金持ちであるせいもあるようだ。主人公は商才があって、比較的早い段階で資産を築き、高等遊民的な生活に入る。太平洋戦争の時期には既に金持ちなので、戦後も自分や家族が飢えに苦しむことはない。何が起きようと脅かされることがないので、どうしても時代の流れに対し傍観者的になる。

結局のところこの作品は、そうした恵まれた境遇に守られた主人公が、高さ三十メートルぐらいのところにふわふわと浮いて、百五十年以上に及ぶ地上の変化を、自分にあまり関係がない幻燈か何かのように見ているというものである。「世の中を低い位置から仰ぎ見る」という触れ込みであるが、実際には割と高い、資産のある知的エリートという位置。そこからの眺めがどんなものなのか、評者にはこの小説で初めてわかったが、結局無縁の世界のように感じたのが正直なところだ。
この記事の中でご紹介した本
人類最年長 /文藝春秋
人類最年長
著 者:島田 雅彦
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
「人類最年長 」出版社のホームページはこちら
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