現代文学は「震災の傷」を癒やせるか 3・11の衝撃とメランコリー 書評|千葉 一幹(ミネルヴァ書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 読書人紙面掲載 書評
  4. 文学
  5. 日本文学
  6. 現代文学は「震災の傷」を癒やせるか 3・11の衝撃とメランコリーの書評
読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年5月18日 / 新聞掲載日:2019年5月17日(第3289号)

現代文学は「震災の傷」を癒やせるか 3・11の衝撃とメランコリー 書評
死者と別れるとはどういうことか
希に見る論述の集中度で論じきる

現代文学は「震災の傷」を癒やせるか 3・11の衝撃とメランコリー
著 者:千葉 一幹
出版社:ミネルヴァ書房
このエントリーをはてなブックマークに追加
本書は概ね、東日本大震災にまつわるいわゆる震災後文学論集である。ただし、第4章が「鎮魂の行方―宮沢賢治と妹トシの言葉」と題する内容を扱っていることから分かるように、その枠を大きくはみ出し、死者の死と向き合い、死者と別れるとはどのようなことかを中心として、それに繋がる多くの作品と課題を論じていることから、読み応えのある本である。

序論にあたる第1章「人は震災にいかに向き合ったか―メランコリー・カタリ・喪の作業」の副題に示される通り、本書の基盤をなすのはフロイトの「喪とメランコリー」の理論である。しかしその上に、ヘイドン・ホワイトの「年表」と「歴史」、西郷信綱の「ハナシ」と「カタリ」をはじめ、サバイバーズ・ギルト(生き残りの罪障感)やカントやニーチェなどの思想、ヨブ記やアウシュヴィッツの体験なども参照される。論じられている作品は、第1章だけでも川上弘美『神様2011』、高橋源一郎『恋する原発』、古川日出男『馬たちよ、それでも光は無垢で』、村田喜代子『焼野まで』などの多数に及ぶ。以後、第2章では吉村萬壱『ボラード病』、第3章では川上未映子『ヘヴン』、第5章では沼田真佑『影裏』と松浦理英子『最愛の子ども』に重点を置き、終章「視線の行方―喪失の悲しみの中に」では、小津安二郎の映画『麦秋』にまで及んでいる。テーマとしても『ヘヴン』ではいじめに、終章では共視(共に見つめること)に注目するなど、多彩な目配りの中で、死者との別れに関わる諸問題が追究されて行く。

フロイトは喪の作業の最後に、死者と死を共にする拘束を自ら解除し、死者に別れを告げるとするが、著者によればここで機能するのが「カタリ」である。死者への罪責意識は「ハナシ」によって切り離す事ができるが、それが「カタリ」として形をなすことにより、他者と共有可能な物語とするのである。文学は虚構世界によって現実を忘却させてくれるが、優れた文学はその先の覚醒へと人を導く。『ヘヴン』論の結論で、いじめを受ける「私」も、津波で家族を亡くした「私」も、「私」はそれ以外の者ではありえないという意識を、小説を読む経験はもたらすという。いじめ、ヨブ記、アウシュヴィッツ、震災の体験がダイナミックに繋がる。

推奨される読み方ではなかろうが、私は第4章の賢治論から読み始めた。どの章も捻りを利かせた展開の中で、この章でも賢治はなぜ「永訣の朝」でトシの言葉を方言で記したかと問い掛けることから説き起こす。賢治の方言観の実証的研究の後、「永訣の朝」のトシの言葉は方言としても特異だが、遺言としてそのまま記述され、「オホーツク挽歌」で賢治がトシとの通信を求めたのも、その言葉をもう一度聞きたかったからとされる。こうして、賢治論は死者との別れの問題に接続する。賢治は「小岩井農場」でトシとの別れの予行演習までしたのに、「噴火湾(ノクターン)」ではその決断が機能しなかった。だがその後、「薤露青」では死者を忘却することで区切り目をつけ、喪の作業を終えたとする。この立論は、本書の集約とも言えるだろう。

ただし、賢治はこの美しい詩「薤露青」を書いてから、全文を消しゴムで消したのではなかったか。本書の終章にも、「読むことあるいは視線の偏差について」という節がある。どこまで喪の理論で統合的に論じられるか、どこから偏差として散乱に任せるか。希に見る論述の集中度で論じきった本書について、そのような感想も抱いた。
この記事の中でご紹介した本
現代文学は「震災の傷」を癒やせるか 3・11の衝撃とメランコリー/ミネルヴァ書房
現代文学は「震災の傷」を癒やせるか 3・11の衝撃とメランコリー
著 者:千葉 一幹
出版社:ミネルヴァ書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「現代文学は「震災の傷」を癒やせるか 3・11の衝撃とメランコリー」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
中村 三春 氏の関連記事
千葉 一幹 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
文学 > 日本文学 > 関連記事
詩の関連記事をもっと見る >