清冽な水脈 透谷・愛山・明石・坎堂 書評|川崎 司(三弥井書店 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年5月18日 / 新聞掲載日:2019年5月17日(第3289号)

清冽な水脈 透谷・愛山・明石・坎堂 書評
さながら『川崎司全集』
冒頭から書誌編まで、語って余すところがない

清冽な水脈 透谷・愛山・明石・坎堂
著 者:川崎 司
出版社:三弥井書店
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何十年前になるであろうか。透谷の妻美那子にあてた内村鑑三の手紙を見つけた。前日美那子が内村宅を訪問したが会えなかったための内村の詫び状である。当時の内村全集には未収録の手紙だった。筆者はまだ北村美那子に関する知識が乏しかったので、早速本書の筆者である川崎司氏に情報を依頼した。しばらくして川崎氏から送られてきた資料をみて一驚し感謝した記憶は未だに忘れがたい。その後、美那子は内村の聖書研究会の会員になり、後日も内村宅を訪問している。

岩波書店から刊行された勝本清一郎編『透谷全集』全三巻は、完璧さの面でいわば全集のモデルのように受け取られていた。ところが川崎氏によってキリスト教新聞『護教』に寄せた透谷の短文「春を迎ふ」が発見された。今回の氏の本書は、この「春を迎ふ」を冒頭に収め、以下、北村透谷、山路愛山、櫻井明石、高木壬太郎の順に記したいわば「川崎司全集」と称してもよい著作である。

「一 北村透谷」では「透谷北村門太郎とその周辺・略年譜」が中心になっている。冒頭の「記号表」に記されているように「●透谷に関する事柄 ◎透谷の親族に関する事柄 〇透谷ゆかりの人などに関する事柄」との使い分けがなされていて視角の広い年譜となっている。この年譜を読んでいると、透谷はわずか二五歳の生涯ながら実に常人の何十倍にも匹敵する密度の濃い月日を送ったことを知らされる。

「二 山路愛山」は、透谷と一八九三年の「人生に相渉るとは何の謂ぞ」との論争で知られる愛山の研究である。愛山というと、初期のプロテスタント入信者の多くが維新の戦いに敗れた敗者の子弟であるとの指摘をした人物として名高い。愛山自身も幼き日幕臣だった祖父に連れられ江戸を去っている。その箱根越えにつき川崎氏は冒頭で「東から西へ、追放人の境界を刻した鉛の足が数多、配流の地を指して箱根山を越えた」と述べ、この一行の描写でもってよく本文を語りつくしている。

「三 櫻井明石」は、透谷の没後にその友人明石にあてられた美那子の手紙からなっている。透谷が世を去ってまだ半年、遺児とともに過ごす美那子の日々の実感、哀感のこもった手紙を紹介し著者は詳細な注を付している。

「四 高木壬太郎」は高木が静岡師範学校在学中に山路愛山とともに発行した雑誌『呉山一峰』に関する解説と高木の静岡時代を述べたもの。

「五 近代日本の明け方を駆け抜けた若きキリスト者たち」のあとには、「書誌編」として山路愛山、櫻井成明、高木壬太郎の詳細な著作目録が加えられている。

加えて本書には著者が勤務校を定年退職するにあたり記された村松晋「跋に代えて 川崎司先生の世界」も収められていて、本書と著者を語って余すところがない。
この記事の中でご紹介した本
清冽な水脈 透谷・愛山・明石・坎堂/三弥井書店
清冽な水脈 透谷・愛山・明石・坎堂
著 者:川崎 司
出版社:三弥井書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「清冽な水脈 透谷・愛山・明石・坎堂」出版社のホームページはこちら
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