高山邦男『インソムニア』(2016) 縁ありて品川駅まで客とゆく第一京浜の夜景となりて |書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
更新日:2019年5月21日 / 新聞掲載日:2019年5月17日(第3289号)

縁ありて品川駅まで客とゆく第一京浜の夜景となりて
高山邦男『インソムニア』(2016)

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タクシー運転手を本職とする歌人の作品。それも主として夜間にタクシーを走らせているようだ。タクシー運転手なので自分で電車を利用する歌よりも、駅まで客を送り届ける歌や、駅前で客待ちしながら風景を眺めるといった歌の方がはるかに多い。それもまた「鉄道の歌」のバリエーションと十分にいえるだろう。鉄道に関わっている人々は、何も駅舎の内部だけにいるわけではない。

「第一京浜」とは、国道15号線の新橋・横浜間の区間の別名である。「第一京浜国道」を略して「一国」とも呼ばれる。あくまで運転手と乗客の関係でしかないが、何かの縁で乗り合わせ、光を撒き散らせながら走行することで夜景の一部となっている。このように「個人が都市空間の中に溶解し、埋没してゆく」という感覚が、このタクシードライバー歌人の作風の根底を形作っている。品川駅まで到着した後、客はどこへ向かうのか。運転手はどこへ行くのか。それは決して描かれない。なぜなら彼らは、この大都会の夜景を構成したパーツのひとつでしかないからだ。

深夜を疾走する歌人なので、電車との関係性も昼間働く勤め人とはちょっとばかり違う。「電車区の巨き覆ひのほの暗く車両静かに休みてゐたり」という歌では、終電後の車両基地で眠りにつく電車という、普段はなかなか見ない姿を詠んでみせている。大都会には、単なる乗り物とは違う付き合い方で、日々電車に接している人々が多数生息しているのである。(やまだ・わたる=歌人)
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