吉本隆明×磯田光一  老舗の思想の存在根拠 ――対談 文学者における生と死 上 『週刊読書人』1976(昭和51)年1月5日(1月12日号合併)号 1~3面掲載|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人アーカイブス
更新日:2019年5月19日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第1113号)

吉本隆明×磯田光一 
老舗の思想の存在根拠 ――対談 文学者における生と死 上
『週刊読書人』1976(昭和51)年1月5日(1月12日号合併)号 1~3面掲載

このエントリーをはてなブックマークに追加
(左)吉本 隆明氏と磯田 光一氏
1976年1月5日号より
何が真実であり、何が虚偽なのか、なんとも八方ふさがりの混沌とした時代であると現在を規定することも出来るであろう。いたずらに“混沌”のみが目につきすぎるなかで新年を迎えた。今年も本紙では、さまざまな企画によって混迷する現代に迫ってゆくが、その第一弾として、詩人・評論家の吉本隆明氏と文芸評論家の磯田光一氏による対談「文学者における生と死・上」(下は次号掲載)(※注 1976年1月19日号)をお送りする。(編集部)

「文学者における生と死・下」は5/26(日)に公開(2019年編集部)
第1回
世界文学への参加自負 ――森敦、埴谷雄高両氏のかかえる悲惨

磯田 
 この前吉本さんと対談しましたのは、ちょうど三島さんが亡くなった翌年で、高橋和巳さんが亡くなりましてね、戦後の文学者の生き方、死に方についてお話ししたわけです。ところがあれから五年経ちまして、こんどはぼく自身が、三島さんの死の年齢と同じ年になるわけです。これがどうも強迫観念みたいになっているわけです。

文学者の思想的な誠実という点からいえば、三島さんは彼なりの誠実を貫いたといえますし、また逆に、生き延びていくという観点からすれば、精神によって肉体を一方的にコントロールするんでなしに、むしろ肉体なり自然なりの逸脱というものも、当然人間の生涯について起こり得ると思うんです。

たまたま、先日ある会で、久しぶりに江藤淳さんに会いまして、森敦さんのことが話題になったんですが、たいへんおもしろかった。

森さんは、「月山」という小説をお書きになって、その後あまり文学活動をなさっていなくて、週刊誌やテレビに一所懸命出演してすごくはしゃいでいるわけですね。ところが、それに対して文壇が、非常に冷たい目で見ている。森敦を軽蔑している。そういう傾向はちょっとおかしいんじゃないかと、江藤さんは言うんです。

森さんにしてみれば、もう一度「月山」に匹敵する作品を書けないということは百も承知で、しかも老年を迎えて、最後の命をマスコミの中で燃やしているのかもしれない。そういう部分を、いまの文壇文学の感性ではとても包摂できないとすれば、むしろ森さんを冷たい目で見る文壇の文学観の方に問題があるんじゃないかというふうに、江藤さんは話していたんです。

ぼくはその話、たいへんおもしろいと思いまして、けっきょく、人間というものが、精神と肉体の両方を引きずって年をとっていく場合に、思想なり文学なりのアイデンティティといいますか、その根拠というものをどう考えたらいいか。

森敦さんの一生涯の軌跡というものを考えれば、生まれてから死ぬまで、森さんなりの人生が続いているはずなんです。そうすると「月山」を書いたということ自身がほんの偶然かもしれないし、マスコミのほうが、たまたま向こうからやってきたからつき合っているという面があると思うんです。

その場合、「月山」への誠実という点にしぼれば、それが思想表現であれば埴谷さんが三十年間「死霊」の主題に誠実だったという問題にもなりますね。
吉本 
 つまり、老年に訪れる問題のはかりがたさということ、もっと普遍化していえば、人間の生涯の軌跡の中で、たとえば生理的年令が果たす大きな意味合いというものについて、あまりに考察がなさすぎるということでしょうか。

それとも、森敦というのは、横光利一の弟子ですよね、むかし。それで、ずっと文学から表面的には離れていて、そして「月山」を書いて、それから、その一作に匹敵するような作品を書いていない。書かないかわりに、テレビの「遠くへ行きたい」なんかに出てきたり、盛んにやってますよね。そういう、いわば個人の内的軌跡の中でもっている意味合いを、もっと考えに入れるべきだということですか。そうでもないんですか。
磯田 
 作品として表現されたものと、文学表現に還元できないものとのうち、前者の軌跡だけで人間を測れるか、ということです。

吉本 それはつまり、社会的に錯綜していく関係のはかりがたさみたいなものから考えていけばいいのか、あるいは、文学というのはもともと、二葉亭みたいに、男子一生の仕事とするに足りうるか足りないかということで考えていけばいいのか。
磯田 
 やはり後者のほうでしょう。
吉本 
 そういうことは、起こり得ることではないかということですか。そういうことについて、言ってみれば、青くさいというのか、青年とか壮年とかが、文学に打ち込んで考えている。そういうところでもって、文学至上主義的に考えて裁断するのはおかしいということになりましょうかね。

どうなんだろう。埴谷さんの場合には、どういう位置づけになりましょうかね。ぼくは、対談してみて二つのことを感じたんです。一つは、埴谷さんという人は、世界文学の流れの中に、自分も飛び入りで入って、五メートルでも十メートルでも走りたいみたいな謙虚な言い方をしているんですけれども、ほんとうは自分の作品に自負があって、自分の作品は世界文学の中に確実に参加できるものなんだと思っていると感じました。もう一つは、ぼくは話してみて、はじめてわかったように思いますが、文学に対して古典的な、オーソドックスな誇りみたいなものをもっているんですね。
磯田 
 それは、戦前の私小説作家のもっていたような誇りでしょうね。
吉本 
 そうですね。そうして私小説的ではなくて、思想小説として、自分の文学的な営みに古典的な自負をもっていて、ぼくはちょっとびっくりしたんで、いまどきあれだけオーソドックスな、古典的な自負というものを、自分の作品活動に対しても、文学に対してももっている人というのは、いないんじゃないかな。ある意味でそれが、あの人の作品をフォニーにしてない根拠じゃないかという気が、ぼくはしたんです。ですから、あの人の場合に、何十年も一つの作品に固執し続けているエネルギーみたいなものを、何が支えているのかといったら、そういう自負、しかも古典的な自負じゃないかなと感じましたね。

それからもう一つは、磯田さんもそうかもしれないんだけれどもあの人は、二時間もしゃべると、心臓の薬を出してきて飲むわけですよ。グロンサンかアンプルで、また二時間ぐらいたって疲労してくると、またそれを飲むわけなんですよ。話をしていて、文学者というのは、二時間置きに心臓の薬を飲むような状態になっても、なお何かを言い続けなければならないものなのかね。おれだったらどうするだろう。おれだったら寝転んじゃうんじゃないか。やっぱり文学者というのは相当ひどいものじゃないか。そういう感想をもったんです。

そうすると森敦が、老年に向かって自分を解放するという意味合いで、文学を逸脱する文学作品活動を主体に考えれば、それを逸脱するかもしれないということと、ちょっと対照的になるわけですけれどもね。こっちを悲惨だという文壇的な評価があるとすると、こっちは悲惨じゃないという、文壇的評価が多いのかどうか知りません。どっちも相当悲惨じゃないか。同じ年令に向かってもそうだけれども、文学作品の創造ということを主体に考えても、両方とも悲惨じゃないか。ぼくの感想はそうなんですけれどもね。対照的なような気がする。
2 3 4 5 6 7 8
このエントリーをはてなブックマークに追加
吉本 隆明 氏の関連記事
磯田 光一 氏の関連記事
読書人アーカイブスのその他の記事
読書人アーカイブスをもっと見る >
学問・人文 > 評論・文学研究関連記事
評論・文学研究の関連記事をもっと見る >