六十二回 群像新人文学賞・新人評論賞 贈呈式開催|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年5月24日 / 新聞掲載日:2019年5月24日(第3290号)

六十二回 群像新人文学賞・新人評論賞 贈呈式開催

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選考委員と受賞者の長崎健吾氏(中央左)、石倉真帆氏(中央右)

五月八日、東京文京区の講談社レセプションホールにて、第六十二回群像新人文学賞、新人評論賞の贈呈式が行われた。 新人文学賞は二二三八編の応募作の中から、石倉真帆『そこどけあほが通るさかい』、新人評論賞は一九三編の応募作の中から、長崎健吾『故郷と未来』がそれぞれ受賞した。新人文学賞については、選考委員を代表し、松浦理英子氏が講評を述べた。

「受賞作は選考会でバツをつけた選考委員が一人もおらず、候補作五作のうちで抜きん出て高い評価を得たものでした。 他の候補作との比較でいえば、特に悩むべきこと、考えるべきこともない日本人の日常を、いくばくかの忸怩たる想いとともに受け入れるという風な候補作が多かったのに対して、受賞作の作者は取り組むべき固有の問題、自分自身の主題を持っていたことが圧倒的な強みになったといえるかと思います。

この小説は、祖母の強烈なキャラクターとともに主人公の少女が成長するに連れ、次第に戦い方を覚えていくところに大きな魅力があります。新人賞の選考委員を長くしていると、若い女性の中産階級的な、内にこもる悩みぶりを描いた作品にはしばしば出会うのですが、本作の主人公は祖母たちの前で自らの腕に刃物を突き立てるといった、破れかぶれの行動にでます。どんどん口が達者にもなっていきます。明確な勝利は得られないわけですが、よくやった、よく戦ったと称えたくなる生き方です。」

新人評論賞に関しては、熊野純彦氏が次のように講評した。

「『故郷と未来』を拝読したとき、まず書き出しで、もしかして自分はこういうものを待っていたのかもしれない、探していたのかもしれないと思いました。

長崎さんの作品は、必ずしも単にオプティミスティックではない。しかしまた、ペシミスティックなものでもない。ある意味で、絶望を組織することは、簡単だとは思います。今、希望を語ることはとても難しい。でも、全体を読み終えた後、何かひとつの希望を手渡されたように私は思いました。

論文だけでは書き切れない、しかし批評だけでも恐らく満たされない何かを抱えているからこそ、今回、こういう評論をお書きになったのだと思います。これが相互作用を起こせば、それ自体が作品であるような論文を生み、また密やかな、地味な営みに裏打ちされた批評も生まれるだろうと、私としては希望し期待しています。」

受賞者二人の言葉は以下の通り――。

「この度はこのような名誉ある賞をいただき、ありがとうございます。ゴールではなく、やっとスタート地点に立てたというのが今の気持ちです。これからも、この世界に渦巻いているエネルギーと、あらゆるものを貪欲に吸収し、精進し、文章として発信していきたいです。その第一歩を踏み出させていただいたことを、心より感謝いたします。」(石倉真帆)

「まずはこの場をお借りしまして、『故郷と未来』を読んで下さった皆様に心より、お礼申し上げます。今回の私の受賞については、最初に思っていた以上に色んな方に評論を読んでいただけたという印象を持っております。中には、私と直接面識の無い方で、かなり長い感想を送って下さった方も複数いらっしゃって、賞を貰うというのはいいものだなと思った次第です。

評論は、小説に比べて読まれる機会は少ないとは思うのですが、できれば読んでいただいて、ここがいい、ここは納得できないと言ってもらえるものを書いていきたいと思います。どうもありがとうございました。」(長崎健吾)

石倉真帆『そこどけあほが通るさかい』と選考委員選評は、『群像』二〇一九年六月号、長崎健吾『故郷と未来』と選考委員選評は『群像』二〇一八年十二月号にそれぞれ掲載されている。
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