加藤陽子氏インタビュー 天皇はいかに受け継がれたか 歴史学研究会編/加藤陽子責任編集『天皇はいかに受け継がれたか 天皇の身体と皇位継承』(績文堂出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年5月24日 / 新聞掲載日:2019年5月24日(第3290号)

加藤陽子氏インタビュー
天皇はいかに受け継がれたか
歴史学研究会編/加藤陽子責任編集『天皇はいかに受け継がれたか 天皇の身体と皇位継承』(績文堂出版)

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第5回
憲法第一条の不可思議さ

――「光格天皇以来、二〇二年ぶりの退位」は歴史と現在を結びつけました。本書を通して気づかされたのは、日本の近代の天皇制が世界の中でもいかに特殊だったかということでした。
加藤 
 二〇一六年八月八日の天皇メッセージに始まり、政府の有識者会議や国会の全体会を経て、翌年六月一六日に「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が公布されました。その過程で、国民として、終身在位というものが基本的人権を侵害しているという点に思い至らされたのでしょう、譲位への国民の支持は高まりました。その間に国民は、日本国憲法第一条の不可思議さに気づく良い機会を得られたと私は思います。第一条はなかなか複雑な構造を持っていまして、イタリア憲法のように、主権は国民にある、との簡単に書き方をしていない。「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」。国民が主権者だと文の後段では明らかにしつつ、文の頭の部分の主語はあくまで天皇を置く。天皇は国と国民統合双方を象徴し、その地位について、主権者である国民の総意による、との書き方です。ちなみに、憲法第一条の文の奇妙さと、本書の題名『天皇はいかに受け継がれたか』のタイトルとしての奇妙さには通底するものがあると私は感じています。「はじめに」にも書きましたか、妥当なところでは『皇位はいかに受け継がれたか』でしょう。本来の主語は天皇ではなく、日本列島に居住する人々、あるいは、日本列島上にあった政治権力となるはずでした。しかし、国民国家が登場する前、その時代ごとに、政治権力を定義づけていくのは困難です。そこで本来は目的語である「皇位」あるいは「天皇」を主語として頭出ししました。

いまだ漠然とした考えの段階で、うまく表現できないのですが、『天皇はいかに受け継がれたか』の「天皇は」の部分に、日本の国家、日本の社会などの、いわば大きな主語を代入しても違和感がありません。天皇と国家を一体とみる考え方、天皇と共同体を一体とみる歴史的な思考の枠組みがいかに強いものなのかを思わされます。本当は奇妙な憲法第一条の奇妙さに我々があまり気づかないことと同じことなのかもしれません。

――女帝・女系天皇についても、荒木論文、仁藤論文で古代の女帝が果たした役割や王権構造の成立過程がよく見えました。また近代の西川論文の、「女系は、観念体系の点で実現が困難であった」という指摘、一八八六(明治一九)年一月の「皇室制規」で認められていた女帝・女系が、翌二月の次の段階の「宮内省立案第二稿帝室典則」から消えている(一六一頁)といった論証は、まるで推理小説のようです。
加藤 
 まず荒木さんの論文は、女帝が多極構造を支える核として、譲位をする主体として書かれているのがすごく面白いと思います。最初に譲位した女帝の皇極も重祚して斉明として再び地位に即く。現代の有識者会議の議論でも、女帝は単なる中継ぎだという説明をしていたようですが、古代の実例から見るとそれは間違いであって、六四五年の皇極の譲位にしろ、その時代背景を探れば、国家を左右するような大きな外交方針の対立、つまり中国につくか朝鮮半島の国につくかという二択を日本が迫られた時に、皇極の譲位がいわば、権力集団の要請から発生する。ですから日本が最も重要な決断をしなければいけない時に女帝がいて平和裡に譲位することで道が開かれたという歴史的事実はかなり重要です。また仁藤さんは、九世紀の清和天皇など幼帝が太上天皇も皇太子も皇后も不在という緊急事態において安全に皇位に即くことができたのは、清和の祖母にあたる皇太夫人順子を後見としえたことが大きいとみています。古代史の政治空間における女帝、「臣下キサキ」の存在に光が当てられたのは大事です。これらの論考に触発された近代からの観点でいえば、明治になって天皇制が創出される際、女帝と女系がいかに排除されたのかという経緯については、奥平康弘さんの『「萬世一系」の研究』(岩波書店、二〇〇五年)が最も早い時期からの論考でしたが、拙稿でも山県有朋の議論を紹介しています。西川論文の指摘する明治一〇年代の「国民同祖挙国一姓」という考え方が、大正一〇年時点の山県の発想をあそこまで縛っていたというのは衝撃でした(二〇二頁)。女系がいけない理由は外戚への危惧ではなく、皇女の結婚による子孫は「異姓」となってしまうから、「万世一系」というフィクションが崩れるので駄目だとの考え方です。井上毅が女性嫌いであったといった生やさしい話ではない。
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この記事の中でご紹介した本
天皇はいかに受け継がれたか  ー天皇の身体と皇位継承/績文堂出版
天皇はいかに受け継がれたか  ー天皇の身体と皇位継承
編集者:加藤 陽子
編 集:歴史学研究会
出版社:績文堂出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「天皇はいかに受け継がれたか  ー天皇の身体と皇位継承」出版社のホームページはこちら
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