死ぬ権利はあるか 安楽死、尊厳死、自殺幇助の是非と命の価値 書評|有馬 斉(春風社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年5月25日 / 新聞掲載日:2019年5月24日(第3290号)

死ぬ権利はあるか 安楽死、尊厳死、自殺幇助の是非と命の価値 書評
生命倫理の分野で重要な著作に
死に関する多様な倫理学的議論を整理

死ぬ権利はあるか 安楽死、尊厳死、自殺幇助の是非と命の価値
著 者:有馬 斉
出版社:春風社
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本書は命そのものに内的価値を認める立場から「安楽死、尊厳死、自殺幇助の是非」に関する多様な倫理学的議論を整理し、「死ぬ権利はあるか」という問いに否を突きつける。その体系的な論述は明快で、生命倫理のこの分野の重要な著作となることは間違いない。本書は五百頁を越える。といっても、全体が見通しの良い構成をもっており、「まえがき」と「序論」の丁寧な説明もあって本の厚さをあまり感じることなく読み進めることができる。

本論は大きく二部から成る。まず「第I部 死ぬ権利の擁護論」では「安楽死、尊厳死、自殺幇助の是非」をめぐる倫理学的な議論を整理する形で容認論が示され、続く「第Ⅱ部 死ぬ権利の限界」において第I部の議論に対する反対論が検討される。ただし、そうした整理、検討では、「安楽死、尊厳死、自殺幇助」や「死ぬ権利」といった言葉はほとんど使われない。本書ではそれらの言葉の曖昧さと政治性が十分に意識されているからである。そのため、「患者の死期を早めうる医療者のふるまい」といったやや冗長だが、価値的にニュートラルな表現が一貫して用いられる。この用語法にはできるだけ客観的な立場から議論しようとする著者の姿勢が現れており、読み進めるうちにその用語上の冗長さはむしろ好ましいものに思われてくる。

第I部で扱われる擁護論は「死にたい」という患者の自己決定を最優先する自由主義、利益の最大化の観点から議論を立てる功利主義、さらに医療費の高騰といった経済的理由による主張の三つである。著者はこれら三つがいずれも「その要となる主張に重要な瑕疵」(五六頁)があると認め、道徳的に決定的な議論ではありえないと結論する。殊に最後の経済的理由を基にする「死ぬ権利」擁護論は日本でも粗雑な亜種が間欠的に出現するものの、倫理学ではほとんど議論されてこなかった。その点で、本書の検討は重要な学問的寄与というべきである。

対する第Ⅱ部は「死ぬ権利」批判として、まず「高齢者、機能障害者、低所得者など」の社会的弱者への脅威という観点が検討される。さらに、人の命や存在には、その在り方のいかんにかかわらず、それ自体として内在的な価値があるとする立場が吟味される。この反論は根拠を「生命の神聖さ」に求めるものと「人の尊厳」に求めるものとに区別され、後者の「カント主義」の立場が本書の擁護する立場となる。著者はこうした一連の否定論にも根本的な誤りが含まれていることを認める。しかし、それでもなお、批判をしのぎうる強力な議論も見つかるのである。

著者によれば、「人の存在に内在的価値があるという見方」は「最終的には擁護できる」。「それ以上生き続けても本人の利益にならないことが分かっていてかつ本人が死にたいと思っている」ということは、「人の生命を短縮することが正当化できるといえるための十分な理由にはならない。たとえ大きい肉体的疼痛があり、本人がそのために生きる意欲を失っていても、人にはあくまで自分の存在を惜しみ、痛みに耐えて生き延びるべき場合がある」(五〇五頁)。これが本書の導き出す原則である。この原則は「限度を超えた苦痛がある場合」というごく稀な例外は容れるものの、「安楽死、尊厳死、自殺幇助」を許さない。そのため、日本でほとんど議論もなしに容認できるかのように語られている「持続的で深い鎮静」も、ここでは理論的に非だと論定される。もちろん、本書の主張には議論の余地がまったくないというわけではない。例えば「人格が合理的本性を備えた理性的存在であるという点を重視」(四八八頁)するカント主義は本当に人の命や存在をめぐる著者の直観の根拠たりうるかどうか、大きな疑問が残る。にもかかわらず、「患者の死期を早めうる医療者のふるまい」が露骨に慫慂されることの目立つ現状を考えると、本書の一貫した反論は大きな意義が認められてしかるべきである。残念ながらわずかに散見される人名、年月日の誤記、文献表の脱落が修正されて、版を重ね、広く読まれることを期待したい。
この記事の中でご紹介した本
死ぬ権利はあるか 安楽死、尊厳死、自殺幇助の是非と命の価値/春風社
死ぬ権利はあるか 安楽死、尊厳死、自殺幇助の是非と命の価値
著 者:有馬 斉
出版社:春風社
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