チョーサー『カンタベリー物語』ジャンルをめぐる冒険 (世界を読み解く一冊の本) 書評|松田 隆美( 慶應義塾大学出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年5月25日 / 新聞掲載日:2019年5月24日(第3290号)

チョーサー『カンタベリー物語』ジャンルをめぐる冒険 (世界を読み解く一冊の本) 書評
よみがえる古典
「英詩の父」チョーサーの代表作を読み直す

チョーサー『カンタベリー物語』ジャンルをめぐる冒険 (世界を読み解く一冊の本)
著 者:松田 隆美
出版社: 慶應義塾大学出版会
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 ジェフリー・チョーサーといえば「英詩の父」あるいは「英語の父」と称され、イギリス文学の特質であるユーモア、リアリズムやアイロニー、脚韻による韻律法ばかりか、ロンドンの方言使用による文学的標準語の確立など、イギリスの文学と言語の双方にわたって果たした功績にははかりしれないものがある。それもあって彼が、イギリス文学を中世から古代にさかのぼる西洋文学の偉大な伝統に結びつけようとした、イギリス文学史上最重要作家の一人とみなされているのも当然のことであろう。

彼の代表作である『カンタベリー物語』(一三八八頃―一四〇〇)は、身分も職業も異なる二九名の巡礼者がロンドンを発ってカンタベリー大聖堂へと向かう旅の道すがら、順番に話を披露する二四の話で構成される物語だということは誰もが知るところだろう。本書の著者は、この古典作品に対してこれまでに積み重ねられてきた研究成果、作品を取り巻く読者や時代状況の変遷などを考慮しながら再度文化的な文脈を構築して「中世的に」読み返すと同時に、新しい批評理論を援用しながら二一世紀的な解釈を試みることによって、作品の全体像を描き出し続けてゆこうとする。

フランス語、ラテン語、イタリア語に長けていたチョーサーは、これらの言語に加えて英語が併用されていた当時のイングランドの多言語社会にあって、外国の言語によって書かれた古典作品に精通していたばかりか、何度かの大陸訪問で最新の俗語文学に触れ、それらを種本としながらも一貫して英語で書いたのが彼の特長であった。本書では、中世の作品は手書きの写本として出版されていたこと、「作品」とはその写本が転写されることによって写本の注文主の意向を取り込みながら伝播してゆく過程で成長し変容してゆくものであったこと、作者の本文が写字生によって正確に転写されることとそれが「作品」としてどう読まれるかということとは別であったことなどが語られる。また、中世の物語文学の多くがそうであるように、『カンタベリー物語』中の話の種本となった騎士道物語、宮廷風恋愛、ファブリオ、そして三人のイタリア人、ダンテ、ペトラルカ、ボッカッチョの著作までも内容が詳細に『カンタベリー物語』と比較・検討されるのである。

以上に加えて、本書では中世社会における身分も職業も違う人間たち――上は宮廷や教会を代表する騎士、女子修道院長から下は免罪符売り、召喚吏そしてバースの女房や農夫、さらにはチョーサー自身までも――が登場するこの作品を構成するすべての話をテーマやジャンル別に分類して互いに参照し合い、同時代の似通った話とも比較しながら詳細かつ網羅的に論じている。文学作品とは、作者と読者の相互作用によって両者のあいだで成り立つものである。作者のテクストはひとつであっても、読者それぞれは異なる時代や文化に属しており、時代とともに絶えず変化し続けていると言えるだろう。したがって、古典と言われる作品は新たな視点からの読み直しが常に可能であり、そうすることによってのみ、その作品はたえず新たな生命を与えられてよみがえり、変化と価値観の多様化の時代のなかで新たな意味を見出し続けてゆく。

本書は古今東西の古典を対象として、作品が時空を超える価値をどのように獲得していったのかを書物文化史の視点から考察する「世界を読み解く一冊の本」シリーズの一冊であるが、今後このシリーズでどのような古典作品が取り上げられ、どう展開されてゆくのかが大いに楽しみである。
この記事の中でご紹介した本
チョーサー『カンタベリー物語』ジャンルをめぐる冒険 (世界を読み解く一冊の本) / 慶應義塾大学出版会
チョーサー『カンタベリー物語』ジャンルをめぐる冒険 (世界を読み解く一冊の本)
著 者:松田 隆美
出版社: 慶應義塾大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
「チョーサー『カンタベリー物語』ジャンルをめぐる冒険 (世界を読み解く一冊の本) 」出版社のホームページはこちら
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