ソグド商人の歴史 書評|エチエンヌ・ドゥ・ラ・ヴェシエール( 岩波書店 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年5月25日 / 新聞掲載日:2019年5月24日(第3290号)

ソグド商人の歴史 書評
シルクロード交易の歴史的実体
政治・経済・文化の不可分な関係史

ソグド商人の歴史
著 者:エチエンヌ・ドゥ・ラ・ヴェシエール
翻訳者:影山 悦子
出版社: 岩波書店
このエントリーをはてなブックマークに追加
1964年の東京オリンピック開催の年から1979年の旧ソ連軍のアフガニスタン侵攻の年までの15年間、日本海から地中海まで人びとはパスポートさえあれば、いくつもの国境を自在に越え、自由に旅することができた。多くの旅人たちがアジア・ハイウエイを東西に駆け抜けた。バンコック発ロンドン行きのバスやカーブル発ロンドン行きのバスが、毎日走る時代であった。そして井上靖や平山郁夫、立松和平、中上健次、色川大吉らがそれぞれに忘れがたい旅の記録を画・筆に残す。いわゆる世界的なシルクロード・ブームが捲き起こったのである。

大小の各社が競ってシルクロードの名を付した書籍や画集・写真集を出版した。平凡社がいち早く創刊した東洋文庫の第1巻はアルベルト・ヘルマンの『楼蘭』(1963年・松田寿男訳)であった。その半年後、雑誌『太陽』は東西文明の十字路と題し、東松照明の写真と京都大学の考古学者水野清一の文章で「泥砂に築かれた国アフガニスタン」を特集した。東松照明が撮影したバーミヤン石窟の写真は貴重である。私が名古屋大学アフガニスタン学術調査団の一員としてバーミヤン石窟を訪れたのは翌1964年であったからいっそう印象が深い。1975年には前嶋信次・加藤九祚の編纂による『シルクロード事典』(芙蓉書房)が出版されるほどの熱気につつまれる。

1981年、アフガニスタンはすでに激しい戦火の中にあったが、雑誌『現代のエスプリ』(167号)は、「シルクロードの世界」を江上波夫の編集・解説で特集している。まだブームの余熱はつづいていたのである。この特集はこれまで発表されてきたシルクロードをめぐる論考を再編集したものに過ぎないが、その中に注目すべき二篇が含まれ、並置されている。羽田亨の『西域文明史概論』(1930年)からの抜粋である「西域の民族・人種・言語」と先の『シルクロード事典』から再録された護雅夫の「ソグド人の商業活動」である。いずれも遊牧民の武力を利用して商圏の拡大と維持に狂奔し、東方は中央アジアから中国へ、西方はササン朝ペルシアとローマ帝国へ、あらゆるところに商機を求めて入り込み、行く先々に植民聚落を形成するソグド人の躍動を活写している。羽田亨は「西域の言語」に着目し、「クチャとカラシャールで語られたトハラ語、干闐のコータン語、そして広く西域の諸地方でおこなわれたソグド語」研究の重要性を指摘した。わが国では胡本(ソグド語)仏典の存在に注意が払われていたこともあり、榊亮三郎や桑原隲蔵らもソグド語を視野にとどめた論考を残している。しかし言語学者吉田豊の出現まで、わが国のソグド語研究が広く光りを放つことはなかった。

吉田豊は、「シルクロードという概念の有効性を勘案」し、それを学問的に活用する方策のひとつとして、ソグド人が活動した時代と地域に着目し、彼らが残したソグド語資料の読解によって「シルクロード交易の歴史的実体」を追求した「フランスの新進気鋭の歴史学者ドゥ・ラ・ヴェシエールの著作」を挙げた(『ソグド人の美術と言語』はじめに・2011年)。その著作が本書『ソグド商人の歴史』(2002年)であることはいうまでもない。「東西交易の媒介者であると同時に、中央アジアの地理的境界をはるかに越えた空間において遊牧民と定住民の仲介者の役割を担った」ソグド人が、その「交易のエネルギー」を最大に発揮し、当時アジアで観察される「重要な経済現象の一つにおいて中心的位置を占めた」ことは疑いないし、「中央アジアがこのような経済的・文化的役割」をふたたび担う機会はいまだ当来していない。

ソグド人の交易史から学ぶことは多くある。それは彼らの活動が絹・錦・麝香・ワイン・蜂蜜・琥珀などあらゆるものを扱う単なる経済的な事象であるにとどまらず文化的事象でもあったことである。彼らはそれぞれの地域に溶けこむため自在に共同体を変型した。敦煌やベゼクリクに残された仏教壁画に多くのソグド人の姿が描かれているのは、ゾロアスター教の信奉者であったのにもかかわらず、彼らは寺や造仏の多大な寄進者でもあったからである。貴族の館もソグド・モデルが活用されるなどソグド文化の浸透は国際的広がりをみせた。

本書『ソグド商人の歴史』(Ⅰ古代のネットワーク・Ⅱ商業帝国・Ⅲ交易と外交・Ⅳネットワークの分断)はソグド文化の国際的な構造(テキスト)を解明する努力のひとつの大きな成果であった。政治・経済・文化の不可分な関係史としても、新しい時代の始まるいま、あらゆる領域の人に読まれるべき書物であろう。
この記事の中でご紹介した本
ソグド商人の歴史/ 岩波書店
ソグド商人の歴史
著 者:エチエンヌ・ドゥ・ラ・ヴェシエール
翻訳者:影山 悦子
出版社: 岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
前田 耕作 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
歴史・地理 > 東洋史関連記事
東洋史の関連記事をもっと見る >