吉本隆明×磯田光一  表現と生活の亀裂 ――対談 文学者における生と死 下 『週刊読書人』1976(昭和51)年1月19日号 1~2面掲載|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年5月26日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第1114号)

吉本隆明×磯田光一 
表現と生活の亀裂 ――対談 文学者における生と死 下
『週刊読書人』1976(昭和51)年1月19日号 1~2面掲載

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(左)吉本 隆明氏と磯田 光一氏
1976年1月19日号より
何が真実であり、何が虚偽なのか、なんとも八方ふさがりの混沌とした時代であると現在を規定することも出来るであろう。いたずらに“混沌”のみが目につきすぎるなかで新年を迎えた。今年も本紙では、さまざまな企画によって混迷する現代に迫ってゆくが、その第一弾として、詩人・評論家の吉本隆明氏と文芸評論家の磯田光一氏による対談「文学者における生と死・下」をお送りする。(編集部)

「文学者における生と死・上」はこちらから
第1回
文学作品で逃げた荷風 ――日本の社会の総体と激突した倫理性

磯田 
 三島さんが亡くなって以後、よく、三島さんと谷崎潤一郎が対比して扱われるんですね。三島さんというのは非常に自意識があった人ですから、自分が、一種の固定観念として掲げたものを中心にして、日常性とか肉体というものをそれにコントロールしてしまって、いわばその極限までいってしまって、日常性を抹殺するという形の完成をしたと思うんですね。

それに比べますと、谷崎という人を見ていると、どうも、非常にのんべんだらりとしている面があるんですね。荷風だったら、これ、非常に自分のマスクを気にしている面があるんですよ。谷崎というのは、あんまりマスクを気にしないで通せたという、ある意味ではしあわせな世代なんですけれどもそういう点から、谷崎潤一郎的な年のとり方というものが、三島以後の一つの模範のごとくされている一面があると思うんですね。

そういうところで考えていきますと、吉本さんが『井上良雄評論集』のあとがきで、漱石、鴎外 は、懸命に自己の主題に固執しながら、バッタリ倒れたという感じがある。志賀直哉も、谷崎も荷風、老年はズッコケたという意見を述べておられますが、そのズッコケの根拠とは一体何だろうか。また、漱石が逃げなかったとすれば、自覚的に逃げなかったんだろうか、それとも、不可避に追い詰められたんだろうか。そこのところでいろいろ考えさせられるんです。
吉本 
 漱石の場合には、不可避的に逃げられなかったんじゃないかという気がします。ただ漱石の場合には、文学じゃない部分で相当逃げられたし、逃げたんじゃないか。つまり、中野重治なんかが漱石というのは心底から素町人なんだという言い方をしていると思うんですけれども、その素町人なんだというところは、文学作品そのものじゃなくて、文学作品で不可避的に逃げられなかった部分は、生活のところで、つまり素町人的に逃げたんじゃないかと思えるところがあるんです。素町人ということばにさまざまなニュアンスがあるんでしょうけれども、それは庶民ということばを使おうと、市民ということばを使おうといいんですけれども、市民的な意味での逃げ方というのは、実生活の中ではできていたし、していたんじゃないかと思えるんです。

逆に、荷風とか谷崎とかいう人は、文学作品のところでは逃げたんじゃないかなと思えるんですけれども、生活そのものの中では相当逃げられなかったんじゃないかな。ぼくはそういう気がするんです。谷崎の生活については、ちょっと情報が少なすぎるんですけれども、荷風の場合には、最後は象徴的に現われていますね。つまり、まことに無惨といえば無惨なんだけれども、文学者というのはこういうものなんだよという意味ではまことに典型的です。象徴的にいえば、貯金通帳をふところにして、いつも、カツ丼だか天丼だか知らないけれども、そういう店屋物を食べて、あとフッと倒れて、人を呼んだり医者を呼んだりというゆとりももてないで死んじゃう。全体的にいえば逃げたんでしょうけれども、ほんとうは、実生活では逃げられなかったんじゃないか。作品ではずいぶん逃げたんじゃないか。そこのところは、逆なような気がするんですがね。
磯田 
 いまのお話は非常に考えさせられましたけれども、荷風が死んだときに、武田泰淳さんだったと思うんですけれども、荷風という人は、かりに政治家をつとめさせれば、案外つとまったんじゃないかということを言っているんですね。これは非常におもしろい批評だと思うんです。つまり荷風自身が、生きていく上で、日本の共同体のもっているいやらしさというものを、相当残酷に切り捨てている。荷風のつくっていった個人主義というものが、個人主義のイデーとして、荷風なりに最後を全うする形で、フォルムは完成されていたと思うんですね。

漱石の場合だと、たとえば東大の学長をやってもつとまるかどうかという、一つの仮想的な問を発してみると、どうもつとまったような気もするし、しかし、意外につとまらなかったという気もするんです。

そのつとまりにくい人間が、家庭の中ではつとめざるを得ないというところに追い込まれちゃった。つとまらない人間が、つとめよう、つとめようとしていたその不可避性が、「道草」のリアリティじゃないかなという気がするんです。吉本さんのいまおっしゃった、漱石には逃げ道があったんじゃないかというのは、どういう局面を……。
吉本 
 磯田さんのいまの言い方でいえば、漱石というのは、やろうと思えば、東大の総長つとまったやつじゃないかと思っているんです。だから実生活的にいえば、漱石というのは、中野重治のことばで、素町人なんだ。あれはほんとに素町人なんだ。俗物だ。ぼくは、そうじゃないかなと思えるんですよ。ただ、自分をそういうふうに持っていきようにも持っていけないという、それこそ不可避性があって、作品の中で生きるより仕方がないというところにいったと思うんです。

たとえば対照的に言って、荷風というのは東大の総長なんか絶対つとまらないわけですよ(笑い)。だけど、荷風の晩年の作品というのは、磯田さんは違うかもしれないけれども、ぼくは、そんなにいいものじゃないと思うんです。
磯田 
 戦後の作品はあまりよくないですね、事実。
吉本 
 そこでは、俗な要素がいくらでも入ってきているしね。だから、そんなにぼくはいいものじゃないと思えるんだけれども、しかし、実生活上は不可避的に、貯金通帳というのは重要なことであって(笑い)、貯金通帳持って、店屋物食って、それで、他人に何も貸さないけれども、他人からも借りないみたいな、どうしようもないところにいく。それはちょっときついわけですよ。芭蕉が、「ひとのたばこは吸うな」ということを言っているんですよ。ぼくはよく意味がわからないですけれども、荷風というのは、そうじゃないかという気がするんですよ。他人のたばこは吸うな。
磯田 
 とにかく、借りをつくらないかわりに貸しもつくらんという倫理だけは、すごいですし、ぼくは好きですね。近代性というものを倫理としてラディカルにおしすすめて、日本の社会の総体と激突したと思います。
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