人外 書評|松浦 寿輝( 講談社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年6月1日 / 新聞掲載日:2019年5月31日(第3291号)

人外 書評
「ひとでなし」の冒険譚
誰とも知れぬ「かれ」を探す旅

人外
著 者:松浦 寿輝
出版社: 講談社
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人外(松浦 寿輝) 講談社
人外
松浦 寿輝
講談社
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いささか意表を突かれた。戦時下の上海を舞台に、運命に翻弄される警察官・芹沢の一生を描いた前著『名誉と恍惚』(二〇一七)とは打って変わって、本書はいつの時代ともつかない、荒廃した世界を舞台に繰り広げられる「ヒトならざるもの」の冒険譚であったからだ。

表題の「人外(にんがい)」とは、ある日アラカシの巨木の幹から生まれた、この奇妙な冒険譚の主人公のことだ。それはどうも四足歩行の小動物のようであり、その姿を見た「ヒト」の証言によれば、新種のカワウソかアナグマのような姿をしているらしい。

この人外はしかし、ただのヒトならざる獣ではない。それはかつて(複数の)人間であった何ものかが、ふとしたきっかけによって転生した存在であるようなのだ。そのためか、人外はその姿に似合わず、たびたび複雑な思弁をめぐらせる。時間とは、意識とは、生命とは何か——。そんな抽象的な思念に捕らわれたかと思えば、また別の瞬間にはネズミやヒトに喰らいつき、その血や肉の味に恍惚とするという、すぐれて動物的な一面もそなえている。

この、恐ろしくも愛おしい生き物の誕生の場面に始まる物語は、誰とも知れぬ「かれ」を探す旅の一部始終である。その旅のさなか、人外は小屋の見張り番、タクシー運転手の女、図書館の元司書をはじめとするさまざまな人間と出会う。人外はもちろんヒトの言葉を話さないが、不思議な力により、ある種の人間とは意思疎通ができるらしい。「あなたはだれ」というその無邪気な問いかけに、ある者は畏怖の念をもって、またある者はそれなりの親しみをもって応じるのだが、その彼らとの出会いもそこそこに、人外はふたたび「かれ」を探す旅を続ける。「神か、けだものか」という帯のコピーに違わず、この小さな生き物の冒険は、やがて神話的な結末とともに閉じられることになるだろう。

この生き物は、おのれがかつてヒトであったことを、そして今はヒトならざる存在であることを知っている。しかしその心は、いわゆる通俗的な「転生」ものにありがちな、安っぽい葛藤にはない。当の人外も自覚するように、ヒトの言葉を操り、社会の仕組みにも通じたその生物は、「ひとでなしどころか、要するにヒトそのもの」(一六五頁)であるようにも思えてくる。

その視線はどこか、著者・松浦寿輝がこれまで小説や散文を通じて披露してきた、動物に対する深い愛慕と、人間に対する冷淡なまなざしを思わせなくもない。ある読者は、世界観こそ違えど、やはり動物を主人公とする『川の光』を連想するかもしれないし、また別の読者は、「動物は世界が貧しい」と言い放ったある哲学者の「傲慢」を難じた『黄昏客思』の一節を思い浮かべるかもしれない。ルーレットを回しながら、マラルメをさらっと引用してみせるカジノの大男もまた、著者のある種の分身だろうか。この著者ならではの際立った文体がもたらす愉悦の傍らで、そうした間テクスト的な読みをも大いに誘発する、滋味豊かな作品である。
この記事の中でご紹介した本
人外/ 講談社
人外
著 者:松浦 寿輝
出版社: 講談社
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