アンニョン、エレナ 書評|金 仁淑(書肆侃侃房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年1月6日 / 新聞掲載日:2017年1月6日(第3167号)

アンニョン、エレナ 書評
人生の影を見つめる七作 抱いた「穴」を固有の模様として受け入れる

アンニョン、エレナ
出版社:書肆侃侃房
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金仁淑は大学一年の早いデビューから三十三年目を迎える中堅作家だ。一九八〇年代は政治の時代の真っただ中を生きる若者たちの苦悩と葛藤を、九〇年代以降は女性や階層の問題、人間の存在そのものへと作品の幅と深さを増してきている。そしてそれらの作品の根底にはつねに社会に対する問題意識が流れている作家でもある。

単行本としては日本初の翻訳書となる『アンニョン、エレナ』は、二〇〇五年から〇九年に発表した、人生の影を見つめる七作が収録されている。二卵性双生児のため、生まれた時から生存競争に勝たなければならなかった女性とその兄の物語「ある晴れやかな日の午後に」。一九一〇年、日韓併合条約に調印し、韓国では「売国奴」と烙印された実在人物である李完用の内面をみつめた「その日」。十六歳の娘が産んだ子どもを育てるために自分の娘を捨てブラジルへ移民に行ってしまった母親と、その傷のため土の中に埋まったものや墓誌銘に執着する娘の物語「チョ・ドンオク、パビアンヌ」など。どれも喪失の体験とその傷痕、その傷が周辺の人々に及ぼす影響を見据えた作品だ。

表題作「アンニョン、エレナ」の父は、遠洋漁船に乗っている自分の不在中の妻の行いを疑うあまり暴力を振るい、ついには離婚する。妻から大切なものを奪うために娘を引き取った父、その娘である私は何も起こらないことばかりを願う日々を送る。父の死後、海外旅行に行くという友人に、私は「あの港のエレナたちは、みんな俺の子どもだ」と言っていた父の言葉を思い出し、エレナを探してくれるよう頼む。友人からは次々とエレナという名の女性の写真が送られる。

両脚の長さが異なる父は、そのアンバランスのため船上では揺れずに踏ん張ることができた。しかし地上では家族を愛することも、家長としての役割も、すべてが不器用だった。父の下手な冗談から始まったエレナ探し。送られたエレナたちの写真の真ん中に父の遺影を貼って私は言う。「たとえ口に出してそう言わなくても、すまないと思っていないわけではないのだと、謝っても謝りきれないほどすまいないと。父に当て付けるように、自分自身の人生についてもこういうことができる。ごめんね、こんなみじめな人生で……」。

韓国語の「アンニョン」は、こんにちはやさようならなど多義の挨拶である。エレナに語りかける「アンニョン」は、生きることに不器用だった父とみじめな人生の自分を受け入れる、和解の挨拶ではなかっただろうか。傷や存在の不安をいたわる和解は、新しい関係を築いていくための前提になる。

妻と娘を外国に送りさみしい思いをしている中年男性の物語「めまい」では、ひょんなことで出会った洞窟学会の女性が言う。「世界で一番高い山、一番広い大陸、それに、頑丈な岩や固い氷河の中にも、洞窟はあるんですよ。この世の中に穴のないものはない、そう考えると、とても救われた気持ちになります」。

私たちはみな、不安や喪失による人生の「穴」を抱いて生きている。そして人生はその穴を埋めていく過程でもあるだろう。しかし癒えない傷は個人の人生を破壊したり、周辺に転嫁し他人の人生にも傷跡を残したりする。それぞれの傷と傷によってできた穴のため理解し共感し合えなかった主人公たちが、それらを固有の模様として受け入れる過程が熱くも静かに描かれている。(和田景子訳)
この記事の中でご紹介した本
アンニョン、エレナ/書肆侃侃房
アンニョン、エレナ
著 者:金 仁淑
出版社:書肆侃侃房
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