食べたくなる本 書評|三浦 哲哉(みすず書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年6月1日 / 新聞掲載日:2019年5月31日(第3291号)

食べたくなる本 書評
「料理本書評集」の旨味
私的な記憶を喚起する、切実な本

食べたくなる本
著 者:三浦 哲哉
出版社:みすず書房
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 世にあるさまざまな料理本を批評する、いわば「料理本書評集」とでもいうべき本である。なるほどこれは新鮮な発想で、ほとんど類書もないだろう。「料理本」には当然書いた料理人がいる。「作家」だ。高山なおみ、細川亜衣、有元葉子、丸元淑生、ケンタロウ、小泉武夫、冷水希三子、奥田政行といった作家たちの本、料理をめぐる思想を検討し、その特異性と普遍性を考察していく。

好きな作家や料理本がある人なら、まずそこから読みたくなるのも当然なのだが、ページ順に通読したほうが旨味は大きいと断言できる。単行本化に際して加筆されたとはいえ、連載時の著者の思考のドライヴ感は、やはり通読してこそ味わえるものである。

そして私が書きたいのは、書評を集めた第2章に至る前段、一見無限定に、雑多にテーマが選ばれたように見える第1章のほうである。こちらでは、映画『ベルリン天使の詩』に出てくる何の変哲もないコーヒーのことや、ファッションフード、スローフード、ジャンクフード、「一汁一菜」などについて書かれている。

長いあいだ思い出すこともなかった記憶が、1冊の本を読むことによってよみがえってくる場合、その本は自分にとって切実な本になるという確信が私にはあるが、本書の第1章がまさにそうだった。料理などロクにできない私がこの本に惹かれ、不遜にも書評を書こうとするのは、食の「貧しさ」に対する著者のまなざしと、それが私的な記憶を喚起してくれたおかげである。

例えば著者は、こう書く。

「うちに少し変わったところがあるとすれば、父がコカ・コーラの社員で、わが家にも設置してあった自動販売機の在庫品がすべて飲み放題だったことだろうか」。

急いで付け加えなければならないが、著者はこうしたジャンクこそがすばらしいと復権を訴えているわけではまったくなく、「スローフード」にも希望と憧れをしっかり語っている。ポイントは、ジャンクを排除せず、フェアに語っていることである。

私はこれを読んで、小学生の時、コカ・コーラの工場見学に行き、「あとでコーラ、飲ませてくれるのかな?」と友と真剣に語り合ったこと(まるでバカである)をハッキリと思い出した。無事に飲ませてくれて、全員に一つずつ、コーラのボトルのキーホルダーをくれたことも思い出した。

そして著者より10歳以上歳を食っている私の場合、コカ・コーラは「ホームサイズ」という壜から母親がうやうやしく注いでくれて初めて飲める貴重品であったこと、家族で何日もかけて飲んだあの「巨大」な「ホームサイズ」は実はたった500mlで、今のペットボトルと同じ容量に過ぎないこと、その不思議な落差に思いを馳せてしまうのである。

「料理本批評」という言葉だけしか見なければ、私はこの本を手にしていないだろう。著者が映画批評家であり、版元がみすず書房であり、「こういう本があるのだけど……」と勧められ、つまり三重の壁を超えてようやく本書を手にしたという体たらくである。

しかし私は今、これを読めたことに感謝したい。不確かなやわらかいものが自分のどこかに着地し、そこはどうやらいつでも「帰る」ことができる場所のように思えるからである。
この記事の中でご紹介した本
食べたくなる本/みすず書房
食べたくなる本
著 者:三浦 哲哉
出版社:みすず書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「食べたくなる本」出版社のホームページはこちら
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