忘れられた巨人 書評|カズオ・イシグロ(早川書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2019年6月1日 / 新聞掲載日:2019年5月31日(第3291号)

カズオ・イシグロ著『忘れられた巨人』

忘れられた巨人
著 者:カズオ・イシグロ
出版社:早川書房
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本書『忘れられた巨人』は、二◯一七年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ氏による長編小説である。日本版の小説はイシグロ氏がノーベル文学賞を受賞した直後に、文庫として改めて発売されたこともあり、書店で平積みされて大々的に宣伝されていたのを見た方も多いだろう。本作の舞台はおよそ六、七世紀ごろのブリテン島。島には人の他に妖精や鬼や魔物、竜までもが生息し、どこか陰鬱な雰囲気が流れるダークファンタジーの作品となっている。ファンタジーと聞くと、なんだ、絵空事かと拒否感を覚える人もいるかもしれない。しかし、イシグロ氏の文章は、妖精や竜が人と同じように、当たり前に存在していると思わせてくれる不思議な力を持っている。騙されたと思って読んでみて欲しい。すぐに魅力溢れる作品の世界にあなたは吸い込まれていくだろう。

物語はある村からブリトン人のアクセルとベアトリスという夫婦が旅に出るところからスタートする。作品内のブリテン島では不思議な「物忘れの病」が流行している。はるか昔の記憶はもちろん、つい先程あった出来事についての記憶すらすぐに忘れてしまうという病だ。アクセルとベアトリスは記憶を取り戻すため、そして自分たちにいたはずの息子に会うために旅に出る決意をするのだが、多くのファンタジー作品の例に漏れず、この作品でも竜という存在が鍵となってくる。この「物忘れの病」は、どうやら島を覆う「奇妙な霧」のせいであり、その霧は、山に棲む雌竜の吐息なのではないかと噂されているのである。

さらには、イギリスに伝わる、アーサー王の伝説も登場する。アーサー王といえば、ブリテン島の先住民族であるブリトン人を率い、ヨーロッパ大陸から侵攻してきたサクソン人に対抗した人物だが、作中のブリテンは彼が死去した後の世界であり、ブリトン人とサクソン人が、一見平和に暮らしている。
そしてアクセルとベアトリスは旅路で、サクソン人の勇敢な戦士や、胸に傷を持つ少年、アーサー王の甥である騎士ガウェインなど、様々な使命を胸に秘めた登場人物たちに出会う。本当に信頼できる人は誰なのか。自分の記憶すら信じられなくなってしまっている中、老夫婦は苦悩しながらも旅を続けていくこととなる。二人は果たして息子と再会することはできるのだろうか。そしてアーサー王というブリテンの象徴を失った今、「物忘れの病」の元凶であるとはいえ、この国を象徴するもう一つの存在、竜を退治するとはどういうことを意味するのか。

本書の随所でキーワードとなるのは「信じる」ということ。それがどんなに脆い不確かなものなのか。イシグロ氏の描く物語を辿っているうちに、読み手である私たちも何を信じて良いのか揺さぶられ、まるで、アクセルとベアトリスと一緒になって深い霧の中を歩いている気分にさせられてしまう。しかし終始不安にさせられつつも、逃げられないほどの作品の魅力に、私たちは次のページを捲るしかない。そんな重厚な魅力が詰まったカズオ・イシグロ氏によるダークファンタジーの世界をぜひ本書を手にとって堪能して欲しいと思う。
この記事の中でご紹介した本
忘れられた巨人/早川書房
忘れられた巨人
著 者:カズオ・イシグロ
出版社:早川書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「忘れられた巨人」出版社のホームページはこちら
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