平山周吉×先崎彰容対談 歿後二〇年江藤淳 『江藤淳は甦える』(新潮社)刊行 「没後20年 江藤淳展」(神奈川近代文学館)開催|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 特集
更新日:2019年6月7日 / 新聞掲載日:2019年6月7日(第3292号)

平山周吉×先崎彰容対談
歿後二〇年江藤淳
『江藤淳は甦える』(新潮社)刊行 「没後20年 江藤淳展」(神奈川近代文学館)開催

このエントリーをはてなブックマークに追加
江藤淳は甦える(平山 周吉)新潮社
江藤淳は甦える
平山 周吉
新潮社
  • オンライン書店で買う
文芸評論家・江藤淳がこの世を去り、二〇回目の夏がやってくる。

江藤淳(本名=江頭淳夫、一九三二—一九九九)は、慶應義塾大学在学中「三田文学」に「夏目漱石論」を発表。新進評論家として二〇代から文壇に登場する。『小林秀雄』『成熟と喪失』『漱石とその時代』などの文学論をはじめ、『海舟余波』『海は甦える』などの史伝・評伝、占領三部作となる『閉された言語空間』など数々の作品を刊行。文壇・論壇の第一線で闘い続け、戦後体制への問題提起を続けた。歿後二〇年となる本年、自死の当日に「文士と担当者」として会った著者による評伝『江藤淳は甦える』(新潮社)が刊行された。刊行を機に、著者の平山周吉氏と先崎彰容氏(日本大学教授・日本思想史)に対談をお願いした。尚、「没後20年 江藤淳展」が神奈川近代文学館で七月一五日まで開催されている。   (編集部)
第1回
江藤淳歿後二〇年に

平山 周吉氏
先崎 
 今回の平山周吉さんのご著書ですが、読んでいる時点ですでに大変な本が出たなと思いました。江藤淳というと、表面的には保守派と規定されるわけですが、まったくそういうことを感じさせず、しかも実証が素晴らしいことは誰が読んでもわかることです。随所に平山さんの冷静な批評が入り、さらに同時代史が描かれているという意味では、小熊英二さんの『〈民主〉と〈愛国〉』(新曜社)に匹敵する、あるいは冷静な筆致においては超えているくらいだと思います。まさに江藤淳が甦えると同時に、日本の戦前から戦後にかけての近代史を、小熊さんが社会学史だとしたら、こちらは文学史から見たものが活写されていて、江藤本人に興味を持つ人以外も巻き込むだけの広がりと厚み、射程距離の長さが『江藤淳は甦える』の魅力だと思いました。
平山 
 ありがとうございます。江藤淳という人は『漱石とその時代』(新潮選書)、『小林秀雄』『海舟余波』(講談社文芸文庫)、『完本 南洲残影』(文春学藝ライブラリー)など、いろんな形での評伝を試みています。それらを真似ようという大それた気はありませんでした。「江藤淳論」といった形で書くのは無理なので、評伝という形でなら書けるのではないかと始めたのですが、当初はこんなバカでかい本になるとは予想もしていなかったです。執筆中に、日本の戦後史、文壇史、論壇史あるいは政治史を江藤淳の視野から見ることでいろんなものが見えてくることに気づきました。アメリカからの視点も含め、近代日本がクリアに見える位置に江藤さん自身が立っていた。江藤さんの書いたもの、喋ったことをトレースしていくと、それだけで膨大な蓄積の知見と価値判断と感情があるのだなと改めて感じました。一六〇〇枚書きましたが、これでもまだ書き足りないぐらいです(笑)。
先崎 
 まず、江藤淳という巨人にぶつかってみると、政治、文学、外交と、かなりいろんなところまで目が届くし、導かれる。それを一つの文章にまとめる力量が作者に求められるわけですが、それに完全に成功しておられます。これだけの資料を調べられて、長い積み重ねみたいなものがあったのでしょうか。
平山 
 いやそれは書くと決まってからなんです。江藤さんは四〇年以上、本も文章もたくさん書いていますが、書くだけでなく喋っているものがたくさんあります。単行本未収録のものに重要な文章がとても多い。本人は「しまった、書き過ぎた」と反省して、本にしなかった文章が様々なヒントを与えてくれました。

まず、なぜ自分が書いたかということから話したいと思います。江藤さんに最後にお目にかかったのは、二〇年前の平成十一(一九九九)年七月二一日の暑い日でした。その日の午後二時に、『文學界』九月号に掲載する「幼年時代」の連載二回目の原稿を頂戴しに、鎌倉のお宅に行きました。「やあやあ」と迎えられて、一時間弱、二人だけで過ごしました。夜になって江藤さんが亡くなったという第一報が入った。そしてそれが自殺だったということでした。江藤さんは奥様を亡くされた後、体調も悪かったし精神状況も不安定ではあったのですが、書くものにはそういう影響は全然現れていなかった。ですから、まず亡くなったこと自体に驚き、そしてそれが自殺だったということを聞いて二重に驚きました。最後に会った時に、「江藤淳のぬけがらになっているのではないか」と呟いていたことを思い出しました。でも、たまたま最後の原稿をもらった、それだけの関係です。しかし、江藤さんがなぜ自殺したのかは、ずっと心の隅に引っかかっていました。会社を定年退職した直後に新潮社の知人から江藤淳について書かないかと言われたことで、改めて江藤淳を読み直してみて、やはり江藤さんのことを考えなければと思ったんです。江藤さんはこの十数年の間に忘れられ過ぎているのではないか。江藤淳の仕事をもっと見直す価値、読み直す価値があるのではないか。この本のタイトルにも表れているように、「甦える」という想いが強い動機としてありました。

書くに際して私から唯一伝えられることがあるとしたら、江藤さんが大学二年生の夏に自殺未遂をしているという事実です。私も江藤さんが亡くなった後にたまたま知ったことで、誰も知らない事実だったんです。その自殺からの生還を機に、「江藤淳」は誕生している。その事実だけは伝える価値があるかなと、そういう気持ちで書き始めました。
先崎 
 江藤淳の足跡を追いかけ正確な評伝を完成されると同時に、江藤さんの仕事の現代的な意義にまで迫れていると思います。
平山 
 三島由紀夫の死は昭和四五(一九七〇)年でした。江藤さんはその時、三島の死を批判したわけです。その翌年には小林秀雄と江藤さんの対談があって、火花を散らす論争になりかけた。三島が戦後二五年の日本を相当厳しく批判して死んでいって、実は江藤さんの死は三島の死の延長線上にあったのかなということを読めば読むほど思うようになってくるんです。
2 3 4 5 6 7 8
この記事の中でご紹介した本
江藤淳は甦える/新潮社
江藤淳は甦える
著 者:平山 周吉
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
「江藤淳は甦える」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
平山 周吉 氏の関連記事
先崎 彰容 氏の関連記事
江藤 淳 氏の関連記事
読書人紙面掲載 特集のその他の記事
読書人紙面掲載 特集をもっと見る >
文化・サブカル > 文化論関連記事
文化論の関連記事をもっと見る >