追悼 加藤典洋 不在を受け止めかね、うろたえる 橋爪 大三郎|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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追悼
更新日:2019年6月7日 / 新聞掲載日:2019年6月7日(第3292号)

追悼 加藤典洋
不在を受け止めかね、うろたえる
橋爪 大三郎

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加藤 典洋氏
五月一六日、文芸批評家の加藤典洋さんが亡くなった。残念で残念でたまらない。

加藤さんは、去年およそ一年をかけて『9条入門』を書き上げた。十一月下旬に体調を崩し、急性骨髄性白血病であることが判明。入院して闘病生活に入った。感染症がいちばんいけないので面会できなかった。葉書を出したりメイルを書いたりした。加藤さんとここ数年開いていた研究会で、『9条入門』の原稿を取り上げた。加藤さんの出席は適わなかった。病状は一時好転し、三月には自宅に戻って療養するまでになった。四月には再入院、一進一退を繰り返した。私は、祈ることしかできなかった。

私の見聞きした狭い範囲で、加藤典洋さんの思い出をしるしてみる。

加藤さんも私も一九四八年生まれである。私は一○月だが加藤さんは四月一日生まれで一学年上だ。一九六七年に東大駒場に入学すると、『学園』という学内誌が新入生に配られた。銀杏並木賞の入選作「手帖」という小説が目にとまる。「加藤典洋」という名前を目にした最初である。

加藤さんは、入院しているあいだに、『オレの東大物語』という原稿を書いた。本まる一冊分ある。そこにも、銀杏並木賞のことが出てくる。それによれば小説の冒頭は、《水の中で水が沈む。波がためらいながら遠のいていく。弱々しい水の皮膚を透かすと、ひとつの表情が、その輪郭を水に滲ませてぼんやり微笑んでいる。》だった。相当に早熟で、かつ生意気な文体と言うべきだろう。ところが雑誌では、「水の中で氷が沈む」と誤植されてしまい、加藤さんはそれが不満だった。そんなことを知らない私を含めた多くの新入生は、優れた小説家の卵がキャンパスにいるぞ、と噂しあった。

加藤さんは、文学集団というサークルに入っていた。私の友人が、その集団に面接で落とされ入れなかったとぼやいていた。面接したのは加藤さんのほかに、鈴木貞美と芝山幹郎。芝山幹郎さんが頭脳聡明なのは、つきあいがあったのでよく知っている。『オレの東大物語』によると文学集団は、歴史と伝統あるグループで、三人だけでなくもっと大勢いたらしい。

卒業後、加藤さんが国会図書館に就職したらしいと、誰かから聞いた。つぎに会ったのはおよそ二○年後。加藤さんが『アメリカの影』を書き、私も遅れて本を出したころ、詩人の瀬尾育生さんが吉本隆明氏を囲むシンポジウムを企画し、呼んでくれたのだ。パネリストは吉本さんに、加藤典洋さん、竹田青嗣さんと私。私は吉本さんに向かって「権力は悪とは限らないと思います」などと発言し、にらまれてしまった。シンポが終わってから加藤さんは、権力が悪でないという話はそうかもなあ。あと、キミの文章は表面がコーティングしてあって、水を弾くんだよ、と謎のようなことを言った。

それからときどき、仕事で顔を合わせた。大阪の古書店が企画した「高野山ライブ」という、村上春樹をめぐるシンポジウムでは、山房に泊まりこんだ。加藤さんや竹田さんや私や、がパネリストだった。徹夜になった。そのテープ起こし原稿があるはずだが、書物にはなっていない。天皇の戦争責任をテーマに、加藤さんと長い対談もした。これは径書房から本になっている。私は席上、白い紙を折ったり開いたりしながら発言し、あとで加藤さんが紙になにも書いてないのをみて、なんだあいつは、といぶかったと聞いた。『思想の科学』の吉本さんを交えた座談会にも、呼んでもらった。加藤さんと竹田さんが主宰していた「間共同体研究会」という会合にも、参加させてもらった。楽しかったし勉強になった。NYタイムズに何か書かないか、と勧めてくれたのも加藤さんだ。あるとき、研究会のあとの食事会で、加藤さんが竹田さんと私に向かって、この三人のうち誰かがそのうち死ぬと思う、とぽつりと口にした。誰かとは加藤さん自身のことではないのか。気になって覚えている。

事情でこの研究会がやめになり、加藤さんと会うチャンスがなくなった。そんな折、天野祐吉さんと島森路子さんのお別れの会に出たら、ぽつんと坐っている加藤さんを見つけた。話し込んだ。また研究会をやれるといいね。そこで洗足会というのが始まった。二○一六年一○月一七日が第一回で、以後、数カ月に一回のペース。参加は、加藤さん、瀬尾育生さん、野口良平さん、伊東祐吏さん、それに私。研究会のあと、近くの中華料理屋で食事をしながら歓談し、楽しかった。

加藤さんは入院中、詩をいくつも書いた。『現代詩手帖』に集中連載された。透き通ったいい詩だ。訃報を聞いたあと会合で、荒川洋治さんに、加藤さんの詩はいいですね、と話しかけると、いい詩ですね、とうなずかれた。加藤さんは、ボストン在住の親友夫妻と会うといいよ、と私に紹介もしてくれた。村上春樹の翻訳家だ。嬉しい気配りが最後になってしまった。

加藤さんの不在を受け止めかねて、私はうろたえている。ひとは不在の域が拡がっていき、とうとう自分も不在となるのかもしれない。加藤典洋さんという畏敬すべき存在と、たとえ限られた機会であれ、接点をもてた好運を感謝したい。(はしづめ・だいさぶろう=社会学者)
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