魂の道行き  石牟礼道子から始まる新しい近代 書評|岩岡 中正(弦書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年1月6日 / 新聞掲載日:2017年1月6日(第3171号)

魂の道行き  石牟礼道子から始まる新しい近代 書評
石牟礼文学の何がかくも現代の人間を惹きつけるのか
難解な思想用語を用いずに論じた労作

魂の道行き  石牟礼道子から始まる新しい近代
出版社:弦書房
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石牟礼道子がブームである。とりわけ『苦海浄土』は、日本を代表する〈世界文学〉として高く評価されているほか、最近は「100分de名著」シリーズでも取り上げられ、勢いを増している。この現象は文学の世界に限らない。福島第一原発事故を契機に、盲目的に成長を求める現代価値観の見直しが始まったとき、思想家もジャーナリストも、研究者も一般読者も、多くの人が石牟礼文学に拠りどころを求めたし、その潮流は現在でも衰えることがない。

石牟礼文学の何がかくも現代の人間を惹きつけるのか。

そのような問題意識に本書は的確に答えてくれる。著者の岩岡中正氏は熊本在住の政治思想家で俳人。熊本には渡辺京二氏や伊藤比呂美氏をはじめ石牟礼氏の文学的理解者かつ支援者が少なくないが、 そのなかで岩岡氏は、一貫して石牟礼文学を〈思想〉として読んできたことで異彩を放っている。これまで著書『ロマン主義から石牟礼道子へ』や編著『石牟礼道子の世界』で、反近代でも前近代でもポスト近代でもない「もうひとつの近代」を幻視する石牟礼の思想を論じてこられた。

本書はそのダイジェスト版と言ってよいだろう。 決して易しくはない近代の問題に、決してわかりやすくはない石牟礼の文学的表現がどのように切り込んでいるか、ということを、難解な思想用語を用いずに論じた労作である。

岩岡氏の論じる石牟礼の思想は、「怒りとゆるしのアンビバレンス」、「共同救済」、そして本書のタイトルの「魂の道行き」といったキーワードによって、その特徴が見えてくるだろう。ただ、人によってはこうした言葉は主観的すぎて思想用語ではないと言う向きもあるかもしれない。しかし、一見主観的な、言い換えれば、言葉を発する人の体温を感じるような言葉で、石牟礼は近代を語り直そうとしている、ということが岩岡氏のみる石牟礼の思想の根幹にあるのだ。石牟礼の思想は「堕落した近代」を根底から否定することを通して、「初発の近代」に原点回帰し、その地点に立ってワンサイクル上の「新たな近代社会」を展望している」という岩岡氏の指摘は、近代を使い捨てにするのではなく、語り直す(re-story)ことで「より良き」かたちで近代を修復する(restore)可能性を示唆するものだと言えよう。

近代に魂を吹きこもうとする石牟礼の試みに着目する本書には、「魂」という言葉が多用される。しかし、たとえ石牟礼の思想にとって重要でも、当たり前のように「魂」が繰り返されると、本書の議論が〈現在〉から遠のいていってしまうように私には感じられた。

魂から遠く離れてしまった現代の読者に、いかに「魂の道行き」のリアリティを感じさせるか、というところに石牟礼の文学実践の真骨頂があるのではないだろうか。
この記事の中でご紹介した本
魂の道行き  石牟礼道子から始まる新しい近代/弦書房
魂の道行き  石牟礼道子から始まる新しい近代
著 者:岩岡 中正
出版社:弦書房
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