ミズーラ 名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度 書評|ジョン・クラカワー(亜紀書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年1月6日 / 新聞掲載日:2017年1月6日(第3171号)

歪んだ特権意識を指摘 巨大な学校コミュニティが持つ加害者をかばう倒錯した事態

ミズーラ 名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度
出版社:亜紀書房
このエントリーをはてなブックマークに追加
「被害者」が声を気力をふりしぼって声を上げ、事実を然るべく機関に訴え、「加害者」に責任を取らせ、罰を与えるべく動きだしたとき、ときとして倒錯した事態が起きることがある。地域の中で被害者が好奇の目で見られるだけでなく、嘘つき呼ばわりされ、加害者のほうに味方をする人々が周囲で増殖していく。加害者の「無実」を信じたい人々は被害者を中傷したり、被害者の尊厳を傷つけるような誤った情報=デマを流したり、加害者をかばう言動を取るようになる。そんな事例を私はいくつも取材したことがあるのだが、決まってその中心にあるのは巨大な「学校コミュニティ」だった。地域の人々は人生のどこかでその学校に関わる体験を持っていて、そのことを誇りに思っており、学校コミュニティに対して多かれ少なかれ何がしかの感謝をしていた。

本書は、アメリカ・モンタナ州の大学町ミズーラで二〇一〇年から二〇一二年に起きたレイプ事件をめぐる詳細なノンフィクションである。ミズーラには州立モンタナ大学があり、一五〇〇〇人の学生が通い八〇〇人の教職員がいる。同大学は「グリズリーズ」という強豪アメリカンフットボールチームを擁し、チームは町のシンボル的な存在であり、チームの選手たちは地域から愛されるヒーローだ。じつは事件の加害者=レイピストであると被害者から告発を受けたのはそのチームの優秀な選手たちばかりだったのである。

被害者は加害者の友人や顔見知りばかりで、すさまじい葛藤と自身の精神の崩壊をなんとか食い止めながら、やっとのことで選手らを告発する。結果、レイプ被害者をケアする医療機関、警察・検察の捜査、懲戒処分を決める大学内裁判所での論争、刑事処分を決める刑事裁判所での多くの証人を巻き込んでの激しい応酬など、複雑に入り組んだプロセスや手続きが、被害者をセカンドレイプのような状況に追い込むことになる。

アメリカの性犯罪に対する行政や司法のシステムは日本よりはるかに進んでいるのは間違いないが、「事実」を追求し、真実にたどり着くための長く複雑な過程の描写が、被害者にさらなる苦しみを強いる結果を招くことになる。それが激しいジレンマとして私に迫った。そして、クラカワーが事件に関係する膨大な人々に聴き取りをおこなったことには頭が下がる思いを抱きながら、同時に、異なる立場であっても自身の思いを堂々と取材者に伝え、「社会化」しようとする人々の意識にも日本との差異を感じた。

アメリカのある調査では20代のレイプ被害者の80パーセントが名乗り出ておらず、かつ、酒やアルコールで同意能力が欠如していたかもしれないケースは省かれていることが判明している。さらには、レイプというのはどこか暗闇から見知らぬ加害者が出てきて被害者をいきなり襲う犯罪であるというイメージが社会には染みついている。それが「レイプ神話」だ。レイプされているときになぜ大声を上げて助けを求めなかったのか、それまでに合意ともとれる行為をしていて急に拒むのはおかしい等、「神話」は被害者の現実の声や苦しみを遠ざけ、加害者を有利にする。

さらに、レイピストは通り魔的な者ではなく、その80パーセントが顔見知りなのだ。そういったこともまだまだ周知されておらず、仲のよい友人間でレイプなど起こり得るはずがないと多くの人は思っている。

自分たちが町の人気者であることを自覚しているアメフトの選手たちは、自分たちは女性たちに何をしてもバレることがなく、問題にならないという歪んだ特権意識があるとクラカワーは指摘している。その特権意識は、ごつ普通の町の人々が裏打ちしているのであり、それは被害者が名乗り出ることすら阻む「レイプ神話」をも支えているのである。(菅野楽章訳)
この記事の中でご紹介した本
ミズーラ 名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度/亜紀書房
ミズーラ 名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度
著 者:ジョン・クラカワー
出版社:亜紀書房
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
藤井 誠二 氏の関連記事
ジョン・クラカワー 氏の関連記事
ok
2016年9月23日
ミズーラ
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >