リフレクション 書評|河合 政之(水声社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年6月8日 / 新聞掲載日:2019年6月7日(第3292号)

リフレクション 書評
アナログヴィデオは成立しうるのか
デジタル映像の全体主義的な統制に抵抗しうるデータの脱情報化

リフレクション
著 者:河合 政之
出版社:水声社
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リフレクション(河合 政之)水声社
リフレクション
河合 政之
水声社
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今日、ヴィデオといえば一般にデジタルヴィデオを指すが、かつてヴィデオがアナログの時代があった。生まれたときからデジタルヴィデオが当たり前の若い世代にはピンとこないかもしれないが、一九九〇年代半ば頃までヴィデオの主流はアナログであった。『リフレクション ヴィデオ・アートの実践的美学』は、ヴィデオアーティストの河合政之がヴィデオのもつ可能性を理論的に論じた著書である。河合は、映像を「映画」「ヴィデオ」「デジタル映像」の三つの領域に分ける。注意しなければならないのは、彼のいうヴィデオがデジタルヴィデオではないことだ。河合にとって真にヴィデオでありうるのはアナログヴィデオだけである。

しかし、なぜアナログヴィデオなのか。河合によれば、アナログとデジタルは、技術的な進化の段階ではなくデータに対する解釈の違いにあり、その違いは映像をコピーするときに顕著である。デジタルによるコピーは正確さに特徴づけられる。コピーからノイズが排除されており、一瞬一瞬が完全に同質的である。しかしデジタル映像は、効率性、有用性に関わる技術であるがゆえに、情報の制度化という傾向をもち、メディア社会の全体主義化を加速させる。一方、アナログによるコピーはきわめて不正確、不安定である。コピーにはどうしてもノイズが含まれるため、揺らぎや遅延が伴われる。しかしこれは情報の乱調による多義化でもあって、「間断なき新たな生成」に開かれている。デジタル映像がデータによる世界の情報化を目指すとすれば、アナログヴィデオが実現するのは、不確実的要素の介入によるデータの脱情報化である。いまやデジタル映像は世界を覆っているが、デジタル映像の全体主義的な統制に抵抗しうるのはアナログヴィデオだけなのだ。

アナログのコピーはオリジナルの映像を劣化させるが、河合はむしろこの不正確さに積極的な価値を見いだす。そして、テレビやインターネットを含めて従来のデジタル映像をすべて否定し、アナログヴィデオの重要性を強調する。アナログヴィデオはひとつの概念だが、前提にあるのは技術である。実際に彼は、入手困難な機材を集めてアナログヴィデオで作品をつくる作家である。アナログヴィデオであることは、作家としてのアイデンティティに関わる重要な問題なのだ。しかし今日、アナログヴィデオは姿を消していて共感を得にくくなっている。ここに河合の議論のもつ困難さがあるだろう。

技術史的にみれば、映像メディアはつねに効率化を追求しており、アナログヴィデオも例外ではない。アナログヴィデオの情報は不安定だが、かつてはこれで効率化を目指していた。今ではデジタル映像が情報の正確さや効率化を担っていて、アナログヴィデオは不必要な技術となった。今日、アナログヴィデオを必要としているのは、正確さや効率化と無縁の分野であろう。それは芸術の分野、つまりヴィデオアートにほかならない。河合の議論が説得力をもつかどうかは、今後の彼の作家活動にかかっている。
この記事の中でご紹介した本
リフレクション/水声社
リフレクション
著 者:河合 政之
出版社:水声社
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