丸山眞男インタビュー 創刊一周年特集号 わが道を往く学問論 ――ある若い知識人との対話 『週刊読書人』1959(昭和34)年5月4日号 1面掲載|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年6月9日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第273号)

丸山眞男インタビュー 創刊一周年特集号
わが道を往く学問論 ――ある若い知識人との対話
『週刊読書人』1959(昭和34)年5月4日号 1面掲載

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丸山 眞男氏
1959年5月4日号より
昭和34年5月、創刊一周年を迎えた本紙では政治学者、思想史家・丸山眞男(紙面掲載時は東京大学教授)にインタビューを行い特集を組んだ。アカデミズムの最前線で独自の思索を深めつつある若き丸山眞男が、明治以後の日本の精神性を多様な視点から語った。(2019年編集部)
第1回
二重写しの画一化 ――存在しない中核的な社会層

編集部 
 このごろ何か学問論を考えていられるという話ですけれど……。
丸山 
 さあ。どういう話がどう伝わってそういうことになったのかしら……。学問とは何ぞやといった大問題をあらたまって急に朝から晩まで考えはじめたという覚えはありませんね。学問のことも考えないではないけれど、学問でないことも毎日大いに考えて暮していますから……。早い話が何故だいたい似たような体裁と内容の書評新聞が三つも出されるんだろうとつねづね不思議ですね。
編集部 
 先手を打って攻撃をかけてきましたね。
丸山 
 大衆的な週刊誌やラジオ・テレビがいく種も同じようなものが流されるというならまだわかるんですが、書評新聞のような「高級」なものも類型化されるという点がね……。しかもこういう新聞の第一面でとり上げられるトピックが結構あちこちの知的井戸端会議の材料になるでしょう。ちょうどプロ野球のセ・パ優勝戦の時には日本中どこでも西鉄・巨人の話でもちきり、皇太子妃がきまった時はまたその話でもちきりになるのと同じように、インテリ的(?)話題もその時々の画一化されて行くんじゃ、ちょっと困るのじゃないですか。
編集部 
 いや、私達はそういう井戸端会議的雰囲気を何とか打破したいと思ってるんです。
丸山 
 そりゃそうでしょう。ただ民放だって週刊誌だって出発する時はみな独自の個性を打ち出そうという意気ごみはあるんですね、それが結局ワイワイやっているうちに互に似たものになってしまう……自分のところはどこまでも宗教を中心にして行くとか、もっぱら教育放送を流すとかいうことにならないで、どこのダイヤルをまわしてもある時間には同じようなものをやってるでしょう。型がきまっちゃうという傾向はいたるところに現われていますね。旅行をしても、宿屋のサービス、食事から観光地の土産まで実に見事に画一的じゃないですか。
編集部 
 それは特に日本的な傾向といえますか?
丸山 
 生活様式やコミュニケーションが均一化してゆく傾向というのは現代文明に共通したことでしょう。その意味では日本はある人々のいうようにもうかなり前から「先進国」なんですね。ただそれは近代化一般、、が早熟だというふうにはいえないでしょう。明治以後のそういう傾向にしても、結局一番底辺に部落共同体的なステロタイプがあって、そういう没個性的な生活の基盤の上に帝国臣民的な画一化が進行し、さらにそのメロディの上に大衆社会的なステロ化が進むというように、ちがった次元での画一化が重なり合い相乗作用をおこしながら今日まで来ている。その意味ではやっぱり日本にユニークな面がかなりあるように思いますね。

だいたいどこの国でも、ものの考え方や暮し方の基準や尺度を自分の内部から打ち出して行った中核的な社会層があるんです。たとえばイギリスでは貴族とミドルクラスが一緒になって「ヂェントルマン」というタイプと規準をつくり上げて行った。それがフランスではプティ・ブルジョワですし、アメリカではコモンマンです。じゃ日本はどうかというと、封建時代に侍とか公卿とか町人とか農民とかがそれぞれちがった規準と生活態度をもっていたのが、維新でゴチャマゼになっちゃった。サムライ精神が全国民に貫徹したのでもなく、町人精神が正統的地位を占めたのでもなく、さりとて両者が自主的に、、、、交りあって新たなタイプを作りあげたともいえない。身分の差が撤廃されて、立身出世の社会的流動性が生じたけれど、バック・ボーンとなる社会層がなくてゴチャマゼのまま、ワッショイワッショイと近代国家を作り上げてきた。ですから整然とした日本帝国の制度と、統一的な臣民教育の完成のかげには、実ははげしい精神的なアナーキーが渦まいていたと思うんです。外からはめるワクはあっても、内部からの規準の感覚というものは、実際はむしろ徳川時代よりもなくなって行ったのじゃないんですか。いわゆるもののけじめ、、、、、、の感覚というのは、国家教育などというものではなくて、社会自体が与える持続的なしつけ、、、によって養われるんですが、なにしろそういう自律的な社会というものが国家にのみ込まれてしまったのが、近代日本だったわけですから。
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