トリニティ 書評|窪 美澄(新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年6月18日 / 新聞掲載日:2019年6月14日(第3293号)

トリニティ 書評
時代の波に流される前に
身近なところから歴史を掘り起こす

トリニティ
出版社:新潮社
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トリニティ(窪 美澄)新潮社
トリニティ
窪 美澄
新潮社
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 二〇一五年に休刊した十代を中心に人気だったちょっと尖ったカルチャー系ファッション誌について、現在の十代の子たちに話をしても名前も知らないと言われ愕然とする。去年映画化したあの原作漫画が連載されていた雑誌だよ、とか、今話題のあのガールズバンドのメンバーはこの雑誌の読者モデルだったんだよ、とか言うと、ああそうなんだと、何となく時代での位置付けを納得してくれていたけど、当時雑誌のテイストやカルチャーに共感して買っている層以外にも、名前だけは言えば誰もが知っていたはずのものが、みんなの目に触れる機会が途絶えたとたん(その影響力は今でも残っているのに)ここまで知られなくなるものなのだ。今の世の中、ちょっとした歴史はあっという間に時代の波に流されてしまう。

『トリニティ』はログハウス(旧・潮汐出版)という出版社が、新しい雑誌文化の隆盛をきわめた時期に関わった三人の女性に焦点を当てて綴られている。参考文献を見るまでもなく、ある実在の出版社、雑誌、クリエイターたちをめぐる歴史を参照しながら創作された物語であるが、それぞれの人生には作家の想像力で多彩な綾がつけられており、事実との照合はさして重要ではない。

三人の女性とは、二十代でいきなり雑誌の表紙に大抜擢され一斉を風靡したイラストレーター・早川朔こと藤田妙子、文筆家の家系に生まれ雑誌の文体を築いたと称されるフリーライター・佐竹登紀子、そして高卒で事務職として入社し寿退社した宮野鈴子。三人の生い立ちから、雑誌への関わり方、その後の人生にいたるまで、約五十年に及ぶ歴史が語られ、綴られる。その担い手は、いち早く雑誌の現場を抜け専業主婦から子、孫を設け平凡なおばあさんになっている鈴子の孫・奈帆であることに注目したい。奈帆は現代の申し子のような存在で、ずっと努力してきたのに就職活動で不景気の波を受け挫折しかかり、ようやく入った中堅出版社はブラック企業で、鬱を患い休職中の身である。祖母のいたログハウスも受験し、早川朔や佐竹登紀子の名に憧れを抱いていた奈帆が、祖母と登紀子との再会を機に、この歴史を書き残そうとするのだ。

三人が潮汐出版で共に過ごした時間はごくわずかだ。しかし、三人の時が重なり、人生で最も輝かしい瞬間と記憶されるある事件(およびその記録記事)のきっかけを作ったのは、三人の中で最も地味で名も知られぬ、本人すら自分は何もしていないと思っている鈴子なのである。奈帆は登紀子の口から語られるその時代のきらめきから、知らなかった祖母の歴史を知り、掘り下げていくことになる。窪美澄という作家は単行本デビュー作品『ふがいないぼくは空を見た』で主人公の母の産院という場所の歴史を紐解いていったのを始め、身近なところに隠れている歴史を掘り起こすことで物語にダイナミズムを与えるのが抜群に上手い。都内のマンションでひっそり幸せに暮らす祖母の歴史が、すなわち日本の雑誌文化の挑戦に関与していた発見は、奈帆のその後の行動に力を与えてくれる。

あの時代の歴史を今綴ることの意義を示す象徴として、二つのオリンピックが挙げられるだろう。早川朔になる前の妙子がオリンピックを前に活気づく街で見つけた可哀想な野犬は、次に来るオリンピックに向けて変わっていく世の中からはじき出された奈帆たちの世代、あるいは働く女性に重なるのではないか。だからこそ、もう一度歴史を見つめ、掘り起こし、自分の居場所を確かめる必要があったのだ。
この記事の中でご紹介した本
トリニティ/新潮社
トリニティ
著 者:417
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
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