アルタモント、天使の詩 トマス・ウルフを知るための10章 書評|岡本 正明(英宝社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年6月18日 / 新聞掲載日:2019年6月14日(第3293号)

アルタモント、天使の詩 トマス・ウルフを知るための10章 書評
ウルフへのかくも長き取り組み
ウルフ研究にふさわしい探究心と熱情のひと

アルタモント、天使の詩 トマス・ウルフを知るための10章
著 者:岡本 正明
出版社:英宝社
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 トマス・ウルフの映画ができると聞いたときは少なからず驚いた。映画『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』は二〇一六年十月に日本でも公開されたのだが、おそらくこれを受けて、翌年、ウルフの代表作『天使よ故郷を見よ』の古い大沢衛訳が講談社文芸文庫から復刻されることになって、このときはもうすこし驚いた。ウルフはもう何十年も「誰も読まない作家」と言われ続けてきた作家なのだが、「言われ続けてきた」のは、つまり、読まれないのをいつも誰かが惜しんでやまないからに違いない。

そして岡本正明によるトマス・ウルフの研究書が上梓公刊された。が、私はあまり驚かなかった。岡本と私は同じ年齢で、同じ時期にウルフの修士論文を書いた。学会を通じて知己を得たが、読まれない作家にいれあげてしまった同じ脛の傷をもつもの同士、引き寄せられたのだ。その後、私はウルフにいれあげた過去を頭のなかの「若気の至り」の部位に整理しようとしてきたが、一方、彼は何年かに一度はウルフの論文を書いては送ってくれた。「あいかわらずウルフなのか」と、私は彼の情熱に半ばあきれながら、感心していた。

しかし、今回の書物を手にとって「はしがき――自伝的な、あまりにも自伝的な」を読み、岡本にも「年ふるごとに、ウルフのロマン主義的な世界に反発を覚え、一時期はウルフから離れたこともあった」のを知った。ウルフという作家が比喩的に(あるいは場合によっては文字通り)腹を空かせた若者の文学マインドを鷲掴みにするとは、本国アメリカの作家・研究者もしばしば口にするところで、つまりウルフは年齢とともに疎遠になるのが自然の作家、ということは、ウルフに対する反応はあくまで私のほうが自然で、内心とは別に岡本の執念にあきれていることのほうが正しい、と思うことにしていたのだが、必ずしもそう単純なことではなかったようなのだ。

岡本の新刊は、古くは一九八四年の修士論文をまとめた論文から、この本のために書き下ろした最新のものまで、実に三十五年の長きにわたって書き継がれてきた、副題にあるとおり合計十本の論文から構成される。もちろん岡本は「ウルフから離れた」時間に、計六冊の単著を公刊しており、要所要所でエドマンド・ウィルソンやヘンリー・アダムズといった生半可なことでは歯も立てられない超難物に食らいついていた。ウルフといえば、六フィート六インチの大男で、何時間もぶっつづけに立ったまま、冷蔵庫のうえで書き続けたという、今や伝説となったエピソードが伝わる。岡本は「なんでも喰らいついてやろう」型の研究者で、体型はともかもくも、ウルフを研究するにふさわしい探究心と熱情のひとだ。

だから岡本が「ウルフから離れた」理由を私は知りたいと思った。一番古い論文は『天使よ』全体を、言ってしまえば何の技巧もなく素朴に、ウルフはすごい作家なのだという思いだけが推進し得た筆のおもむくままみずみずしく活写した論文なのだが、それ以降に発表され本書に掲載された論文群を見れば、ウルフと「民衆的形式」、「世界劇場」、「魔術的リアリズム」、「ネオプラトニズム」等々、ウルフより大きな何かに付託するかたちで、付託されるものの威光の下にウルフが論じられている印象がある。付託される対象はやはり生半可には手を出せない批評的視座であり、『天使よ』が当初出版社にもちこまれたときの姿(その原稿は早死にしたウルフの生誕百年目にあたる二〇〇〇年に出版される)からどう変化したかを事細かにあとづけた巻末の論文に顕著な、労をいとわない勉強の成果であることは言うまでもないが、こうした傾向は岡本がウルフに懸隔を感じ始めたことに由来するのだろうか。あるいは、ウルフは「勉強」の成果で型押しでもせねば捕まらぬように思えるのに、こちらの「勉強」の熱情を易々と受け付けてくれぬ作家なのだろう。まずはウルフ文学にかくも長く取り組んできた岡本の努力を言祝ぎたい。()

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この記事の中でご紹介した本
アルタモント、天使の詩  トマス・ウルフを知るための10章/英宝社
アルタモント、天使の詩 トマス・ウルフを知るための10章
著 者:岡本 正明
出版社:英宝社
以下のオンライン書店でご購入できます
「アルタモント、天使の詩 トマス・ウルフを知るための10章」出版社のホームページはこちら
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