マクダウェルの倫理学 『徳と理性』を読む 書評|荻原 理(勁草書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年6月22日 / 新聞掲載日:2019年6月21日(第3294号)

マクダウェルの倫理学 『徳と理性』を読む 書評
哲学的次元における責任感を考えるために
マクダウェル『徳と理性』を読み抜く必携書

マクダウェルの倫理学 『徳と理性』を読む
著 者:荻原 理
出版社:勁草書房
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ひとはどのようにしてよき行いをなしうるのか。よき行いをなしうる人の心のあり方とはいかなるものか。そうしたよき行いを成り立たせるような道徳的な正しさは現実に存在しうるのか。

道徳的な正しさをめぐるこれらの問いは、素朴でありながら、否むしろそうであるからこそ、倫理学にとっては根本的な問いとして、古代より長らく議論の的となってきた。分析哲学は現代におけるその主戦場のひとつだが、そこでとりわけ異彩を放つ刺激的な議論を展開しているのが、マクダウェルその人である。大庭健氏の監訳により、二〇一六年に一連の道徳倫理学的論考をまとめた『徳と理性』が刊行されたおかげもあり、マクダウェルへの注目は近年ますます高まりつつある。

もっとも『徳と理性』を手にした読者は、達意の訳文にもかかわらず、その難解さに面食らうに違いない。『徳と理性』の論述はきわめて圧縮されているため、一読して議論の前提や組み立てを理解するのは必ずしも容易ではないからである。とはいえ、議論が粗雑であるというわけでは全くない。むしろマクダウェルは、アリストテレスをはじめとする古代倫理学に対する彼独自の哲学史的解釈と、さらにそうした古代哲学解釈を背景とした同時代の哲学者たちとの論争という二本柱をめぐり、じつに精緻に独自の徳倫理学と道徳的実在論(ないし認知主義)を編み上げている。マクダウェルの難解ながらも鋭利な議論を咀嚼するには、この二本柱をうまく踏まえることができるかが鍵となるわけである。

この難関を乗り越えるべく読者を手ほどきしながら、マクダウェルの魅力を分かりやすく、かつ最大限に描き出しているのが、本書である。著者の荻原氏は古代哲学研究を専門としているが、現代倫理学にも造詣が深く、『徳と理性』の標題論文の訳者としてマクダウェルの議論にも精通している。その氏による『徳と理性』の「紹介」(一頁)、「解説書」(七頁)というのだから、読者の期待も大いに膨らむところだろう。その期待に違わず、氏はマクダウェルの古代解釈や倫理思想の急所を押さえたうえで、さまざまな論争相手との争点を明確にしながら、彼の凝縮された文章を噛んで含めるがごとく、じつに丁寧に解きほぐして語りなおしてみせる。マクダウェルの意を余すところなく汲みあげる本書は、その意味で、氏自身の手になる文字どおりの『徳と理性』の「姉妹書」(七頁)と言ってよいだろう。『徳と理性』ひいてはマクダウェルを学ぶにあたって必携の一冊である。

『徳と理性』に沿って構成された本書では、第一章で、従来の義務論や功利主義を斥け、アリストテレスに定位するマクダウェル独自の道徳心理学的考察の立場が究明される。この第一章を土台に、次いで第二章では、反道徳主義を掲げるフットに対して、徳を認知しうるとする認知主義の立場の擁護が論じられる。第三章では、行為の理由の所在をめぐって、ウィリアムズの内在主義に対する外在主義が、さらに第四章では、マッキーの反価値実在論に対する実在論の立場が描きだされる。第五章および補論では、ブラックバーンの反実在論に対して、投射説批判と倫理的言明の真理の獲得可能性が示される。そして第六章では二つの自然主義の区別が、第七章では非認知主義への批判が論じられる。各章の明快な論述に加え、注で披露される氏自身の見解も、マクダウェルの議論をいっそう立体的に捉えるのに大いに役立つ。

近現代哲学や科学的思考による先入見を排し、行為への要求を状況のうちに見て取る認知主義、そして行為者がその状況のうちに見てとる価値の実在論を主張するというマクダウェルの立場は、ときに読者に違和感を引き起こすかもしれない。だがその違和感は、自らの行為に対して実直に思考することを放棄しないという「哲学的次元の責任感」(一九七頁)に通じている。思考にまつわる苦闘は思考の倫理と責任でもある。そうした本書のメッセージは、狭く分析哲学にとどまらず、思考する者を大いに鼓舞してくれるはずである。
この記事の中でご紹介した本
マクダウェルの倫理学 『徳と理性』を読む/勁草書房
マクダウェルの倫理学 『徳と理性』を読む
著 者:荻原 理
出版社:勁草書房
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