分解者たち 見沼田んぼのほとりを生きる 書評|猪瀬 浩平(生活書院)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年6月22日 / 新聞掲載日:2019年6月21日(第3294号)

分解者たち 見沼田んぼのほとりを生きる 書評
〝生きられた思想書〟
著書の身体や生きてきた歴史から生み出される言葉と理屈

分解者たち 見沼田んぼのほとりを生きる
著 者:猪瀬 浩平
出版社:生活書院
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埼玉県南部に広がる見沼田んぼという農的緑地空間。福祉農園のある場所は、そこでも特に水はけが悪く、耕作放棄されていたという。一九九九年にそこは障害ある人たちが営農活動を行う場として作られた。著者は大学教員をしながら農園の事務局長をやり、日々そこでの暮らしを障害ある人たちとともにしてきている。四〇〇頁を超える分厚さ。心惹かれる写真がちりばめられ、頭だけの論理ではなく著者の身体や生きてきた歴史まるごとからうみだされる言葉や理屈が詰まっている。地域福祉の実践紹介や障害者の地域自立、住民との共生を美しく語りだす巷間によく見られる「福祉啓発書」ではない。「とるにたらない」とされた者たちが生きるためには、彼らと私たちが世の中で生きていくために、何をどのように考えたらいいのか。その基本的な方向やあり方を示す〝生きられた思想書〟だ。難解な言葉や概念などない。日常の言葉で〝思想〟が模索され、語りだされていく。だからこそ、いったい著者はこの語りで何が言いたいのだろうかと、著者の〝思想〟を私自身の〝腑に落とさん〟として懸命に読む。結果として、読後、しっかりと私はくたびれていることに気がつくのだ。でも、こうした〝くたびれ〟感は、とても心地よいものだ。

第一部では、見沼田んぼと周辺地域をめぐる構成の歴史が語られる。著者が活動する福祉農園とそこに集まる人びとの姿が描かれる。当事者や福祉関連者だけでなく多様な来歴をもつ人びとが活動に参加してきた。高度経済成長期以降の見沼田んぼと周辺地域である大宮・浦和の歴史が取り上げられ、東日本大震災と原発事故で見えてきた埼玉県のごみ処理の問題性が語られる。第二部では、埼玉県における障害者解放運動とそれに関わる人びとが描かれる。越谷市と春日部市で活動する「わらじの会」。自閉症である著者の兄の高校就学運動で著者は彼らと合流し「闘争(ふれあい)」の現場をともにする。特に障害ある生徒の高校入学をめざす運動を進める中で起きた一九八八年の埼玉県庁知事室占拠事件の顚末の語りは興味深い。この事件は著者にとっての「原点」なのだが、強制的に「ふれあう」ことになった県庁の各部署のリアリティが確実に揺らぎ細かい亀裂が入っていくさまは、当時の強烈な排除と闘争(ふれあい)とのせめぎあいから生じる響きであり、私も若い頃いた広島でも実践されていた「零点でも高校合格を」運動の〝熱気〟を思い出した。

本書は見沼田んぼをめぐるものだが、もう一つ二〇一六年七月二六日に起きた津久井やまゆり園での障害者殺傷事件への明快な主張が語られている。施設がある地域。そこは見沼田んぼ周辺地域と同様、首都圏の周縁としてダム開発された空間だ。ダム建設が始まった頃、建設労働力として強制連行された朝鮮人や中国人が多数動員されたという事実が語られる。そこでは彼らと地元の人々との交流があったであろうし、そこでは人びとのなかの「本源的多様性」が生きられていたはずだ。しかし戦後啓蒙知識人はその事実から何も学んでいないという著者の語りを読み、重度の知的障害者や重複障害者だけを周縁にまとめて収容する〝暴力〟が、事件の背景に息づいていることが改めて〝腑に落ちる〟。

それにしても「分解者」とはいったい何をどのように「分解」していくのだろうか。人間が本来「生産」「消費」「分解」という多面的で重層的な役割をもつ存在だという主張は了解できる。そしていま忘れられている「分解」の側面から人間の尊厳や社会のありようを考え直す〝思想〟そして〝社会学〟は必須だろう。障害ある人びとを「分解者」と考え、彼らとともに生きることから何かを学ぶだけでなく、私も「分解者」としての側面を持つ人間としてどう変わりどう生きていけるのだろうか。本書の次にある著者の〝生きられた思想〟〝生きられた社会学〟を読みたい。
この記事の中でご紹介した本
分解者たち 見沼田んぼのほとりを生きる/生活書院
分解者たち 見沼田んぼのほとりを生きる
著 者:猪瀬 浩平
出版社:生活書院
以下のオンライン書店でご購入できます
「分解者たち 見沼田んぼのほとりを生きる」出版社のホームページはこちら
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