明治出版史上の金港堂 社史のない出版社「史」の試み 書評|稲岡 勝著( 皓星社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年6月22日 / 新聞掲載日:2019年6月21日(第3294号)

明治出版史上の金港堂 社史のない出版社「史」の試み 書評
出版社「史」の描き方
膨大な史資料を徹底的に調査・批判、鮮やかで実直な再検証

明治出版史上の金港堂 社史のない出版社「史」の試み
著 者:稲岡 勝著
出版社: 皓星社
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一八七五(明治八)年に原亮三郎によって創業され、明治三〇年代中頃までに急速な成長を遂げた出版社・金港堂。創業後間もなく教科書販売の大手として名を馳せた同社は、文学関連の書籍・雑誌に力を入れ、永井荷風のデビューに一役買ったことでも知られる。一九〇三(明治三六)年には上海の商務印書館と合同事業を行うなど、日本国内に留まらない影響力を有した金港堂だが、明治の末には凋落したため社内文書が残されておらず、また他の出版社のように「社史」の類が編まれてもいない。近代出版史において強い存在感を示していたにもかかわらず、実態は茫漠としていた金港堂。その「社史」を本格的に描き出し、同社が置かれた不幸な状況を一変させたのが「金港堂小史――社史のない出版社「史」の試み」(一九八〇年)に始まる稲岡勝氏の一連の論考だ。

恐縮ながら少し個人的な話を。ここ五年ほど教育関連の書籍・雑誌について研究している筆者は、院生時代に稲岡氏の論文をかき集め、フラットファイルにまとめて幾度となく読んだ経験を持っている。その圧倒的な調査量に驚愕しつつ、「金港堂が手がけた書籍や雑誌の出版背景がこれでようやく分かりそうだ!」などと勇気づけられたことをよく覚えている。また、デジタル化された資料やデータベースをパソコンで手軽に閲覧することなど出来ない時代に文献資料との格闘の結果著された氏の論文は、ネットの論文検索サービスを用いてそれを手に入れた筆者に途方もない畏怖と憧れを抱かせもしたのだった。

そんな思い出を持つ身としても、氏のおよそ四〇年に渡る仕事がこの度一冊の書籍にまとめられ、新たな読者と出会ってゆくであろうことが嬉しくてならない。二段組、四〇〇頁を超える大著である。

稲岡氏は本書冒頭で、金港堂に関する先行研究の多くが既存の文献資料を無批判に引用し続け、明らかな誤りを含む記述を生み続けてきたことを問題にする。そうした実証性の低い「社史」記述と距離を取る上で氏が採用するのは、「金港堂出版の図書・雑誌を出来るだけ数多く見ることを手始めに、当時の新聞雑誌記事や広告を克明に博捜し又、公文書を発掘活用して実証の精度を高めるなど」(まえがき)といったきわめてシンプルな、しかし言うまでもなく莫大な時間と忍耐力を要する手続きだ。多様にして膨大な史資料を徹底的に調査・批判し、金港堂が関わった幅広い事柄の再検証を果たしてゆく様は鮮やかでありながら実直さに貫かれている。

本書の読者は、そうしたプロセスの中で種々の史資料・文献に差し向けられる批評の鋭さにまず目を引かれることとなろう。ただ、そのようにシャープな論述や専門性の高い議論とコントラストをなすかのように、初学者や後進への気配りが徹底されていることも本書の魅力であることを強調しておかなければならない。最も顕著なのは、「社史」構築のための視点と多数の具体的な史資料が提示される第一部や、金港堂の出版事業を具体的に描き出してゆく第三部だろうか。いずれにおいても、出版史研究の視点や方法に加え、参照すべき史資料がきわめて具体的かつ網羅的に示される。図版も豊富だ。金港堂について調べようとする時どんな資料を参照すべきかを丁寧に教えてくれるわけだが、そこで示される資料と方法論は金港堂以外の出版社(者)やメディアの歴史について考えてゆく上でも幅広く活用できるはずだ。

それゆえ本書の成果はひとえに「明治出版史」のみならず、例えば近代文学や教育の歴史といったテーマに関心を持つ読者にも喜ばれるものとなっている。本書は今後、金港堂が関わった出版物の具体的な内容や受容の実態を検討する際の頼もしい支柱になってくれると共に、「史」的記述を構築・批評する上でも重要な指標となるだろう。史資料の海を泳ぐ人々にとって、何と心強い一冊であることか。
この記事の中でご紹介した本
明治出版史上の金港堂 社史のない出版社「史」の試み/ 皓星社
明治出版史上の金港堂 社史のない出版社「史」の試み
著 者:稲岡 勝著
出版社: 皓星社
以下のオンライン書店でご購入できます
「明治出版史上の金港堂 社史のない出版社「史」の試み」出版社のホームページはこちら
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