世界中が夕焼け 書評|穂村 弘 (新潮社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2019年6月22日 / 新聞掲載日:2019年6月21日(第3294号)

穂村弘、山田航著『世界中が夕焼け』

世界中が夕焼け
著 者:穂村 弘 、山田 航
出版社:新潮社
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 高校二年だったころ、短歌の本を探していた。現代短歌に挑戦していたのだが、詠むのも読み解くのも自力ではどうしようもないほど難しく感じて、参考になりそうな本が欲しかったのだ。そうして書店の狭い短歌コーナーを眺めていると一冊の本が目に入った。『世界中が夕焼け』というタイトルなのに真っ白な本だった。

穂村弘さんの短歌に山田航さんが短歌評を書き、更に穂村弘さんが返事をする、という内容だった。その場で見つけた中で一番参考になりそうだったのでそのままレジに持っていったのだが、当時は結局、この本からはほとんど何もわからなかった。少し難しすぎたのかもしれない。

内容もあまり覚えていなかったこの本を、大学生になってから改めて読んだ。

どうして高校時代に難解だと感じたのかわからないほど面白かった。短歌の作者の穂村弘さんと、短歌評をつけた山田航さんと、それを読んでいる私が、三人でお喋りをしながら一つの短歌について考えているような気分になるところが魅力的だった。

タイトルにもなっている「校庭の地ならし用のローラーに座れば世界中が夕焼け」の歌を見るたびに、私は中学校時代を思い出す。自分にとっての「世界中」が学校の校庭くらいの広さしかなかった中学生の頃、昇降口で親友を待ちながら見た夕焼けが美しく蘇る。まるで中学生だった私が本の中にいるような、生きた短歌だと思った。

ところが、山田航さんの短歌評には全く別のことが書いてあった。「ローラーの上に座るというのは、自分ができうる限りの高みにのぼるための手段がそれしかなかったということなのだろう」「あまりにも狭い世界を必死に生きている青春期の、微かな抗いのような一瞬を切りとってみせた歌」……。はっとした。そんな読み方があるのかと驚いた。慌ててページをめくり、穂村弘さんのコメントを見た。穂村さんはこの短歌で詠まれている狭い世界に焦点を当て、「「世界中が夕焼け」っていうことはありえないって知ってしまったら、もうそういうふうには表現できない」と述べていた。歌の作者の穂村さんは、山田さんの評に触れながら、山田さんとも私とも違うコメントを残していた。

同じ短歌の同じ言葉のことであっても、二人の意見は一緒であったり、違っていたり、片方しかその言葉に注目していなかったりする。私はそれを読むたびに、これでいいのかと思って安心する。短歌には音の制限があるから、詠み尽くせない内容はどうしても出てくる。山田さんは短歌に詠まれていない部分のことも自由に拾い上げて解釈を述べているが、穂村弘さんは合っているとも間違っているとも記していない。自分はこう思っていたとか、そこまでは想定していなかったとかに加えて、山田さんの意見を踏まえて膨らませた穂村さん自身の考えを少し記しているだけだ。

短歌を読み解くとき、自分の考えが間違っていたらどうしようと思うことがあるのだが、山田さんなりの解釈があるように、山田さんの短歌評を踏まえた穂村さんなりの解説があるように、私なりの理解があっていいのだ、とこの本を読むといつも感じる。三人でお喋りをする中で、はっきりした正解のない、自分だけが見つけられる短歌の意味を探っていくことはとても楽しい。

この本のタイトルは『世界中が夕焼け』だが、装丁は真っ白である。短歌のようだな、と感じる。表紙の夕焼けの色は、読む人によって自在に変わるに違いない。
この記事の中でご紹介した本
世界中が夕焼け/新潮社
世界中が夕焼け
著 者:穂村 弘 、山田 航
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
「世界中が夕焼け」出版社のホームページはこちら
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