山田詠美 ロングインタビュー(聞き手=倉本さおり) 小説(フィクション)から事件(リアル)に迫る 『つみびと』(中央公論新社)刊行記念|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 特集
更新日:2019年6月21日 / 新聞掲載日:2019年6月21日(第3294号)

山田詠美 ロングインタビュー(聞き手=倉本さおり)
小説(フィクション)から事件(リアル)に迫る
『つみびと』(中央公論新社)刊行記念

このエントリーをはてなブックマークに追加
第3回
「正しさ」を疑う

――読んでいて、そこがすごくよかったんです。裏の事情が語られるのかなと思ったら、そうではない。冒頭、琴音は、しばらく会っていなかった娘が犯罪を起こし、そのせいで口さがないマスコミから追いかけられることになる。この場面だけ眺めると、琴音はむしろ「被害者」として読者に印象付けられますよね。だけど、そのすぐ後で蓮音が琴音にネグレクトされながら育った事情が語られる。誰かに偏りながら読もうとすると、常にそれを許さない語りになっているんです。自分が無自覚に下した判断に対して常に指を指されているようで、読んでいてものすごくエネルギーを使いました。本を閉じたときにはほんとうにヘトヘトになっていました(笑)。
山田 
  それが小説の「読みごたえ」っていうことでしょうね。

――いうなれば語りの案配、言葉に強弱をつけたり、エピソードの出し入れの仕方ひとつで、物語のうねりを作っていく小説ですよね。
山田 
  私の小説って、あらすじを書くと、どうってことないんですよ。ストーリーが複雑に進んできたところに、どんでん返しがあってと、そういう小説は、ほとんど書いたことがないから。だから、映画やテレビドラマにはなりにくい(笑)。この小説だってあらすじだけならば、数行で説明できる。だけど、そういう単純と言えば単純な話の中に分け入って、心の中で何がくり広げられていたかを延々と書いていく。それが私の小説の特徴だと思いますね。

――フィクションでしか書けないことの一点は、そこですよね。もう一点は、言葉の重箱をつつくことであって、正論だと思われている言葉に対する疑問が、この小説にはすごく効果的に差し挟まれています。たとえば、そのひとつが「がんばる」という言葉です。物理的にどうにもならない状況に対して「がんばれ」を連呼して満足する蓮音のお父さんの滑稽さ。彼は、常に自分が正しいと思っているから、相手を当然のように教化できると思っているんですよね。
山田 
  よくいるじゃない、何に対しても力んで語る人。テレビを見ていても、スポーツの監督みたいな人がコメンテーターとして出てきて、滔々と喋りつづける。ひとつひとつの事件に対しては門外漢であることのほうが多いはずなのに、いけしゃあしゃあとモラルについて語ったりする。世界で日々起きていることに関して全部網羅してる人なんて、ひとりもいないはずなのに、したり顔で語る奴を見ていると、どうしても「こいつ!」って思っちゃうのね。小説を書くときに一番邪魔なのが、したり顔でものを語ることなんです。そこは、捻くれていると言われようが、批判されようが、人が「悪い」と断じたことが本当に悪いのか、私は絶対に疑うようにしています。

――そもそも、「正しさ」という概念は、秩序があるかないかをはかる尺度でしかなくて、絶対的な価値ではないはずですよね。ただ単に、そこに一定のルールがあるかないかというだけなのに、賢しらに「正しさ」を押し付けてくる人たちがいるというか。
山田 
  でも、そういう人たちの意見についていくのが、一番楽なんだよね。「そうそう」って流されるままにしておけばいいんだから。彼らの言葉を問題視して、心の中に違和感を持ち続けるっていうのは、結構パワーがいることなんです。日々の生活に追われて疲れていると、そういうことはなかなかできない。だから、それをやるのが小説家の仕事だなって思うんですよ。

――また、結婚生活と育児に消耗した蓮音は、「おまえ」と上から押し込めてくるような柄の悪い男たちとの関係に惹かれてしまう。自分をちっとも尊重してくれない乱暴な言葉なんだけれども、そこに疲れた心が吸い寄せられてしまう。
山田 
  そうやって惹かれていくと、悲惨なものは悲惨なもの同士で、共依存状態になって安定しちゃうらしいんですよね。そこから抜けずにいる方が楽だなって思ってしまう。自分を傷つけているんだけど、傷つけている状態が楽になっちゃう。私が書きたかったのは、まさにそういうことだったと思います。でも、「それは違う」と穴を開けてくれるような人が登場すると、負の状況を一気に抜け出すことができて、ストーリー自体が変わっていく。現実の生活や人生の中でも、そういう瞬間ってあると思うんですね。ところが、穴を開けてくれる人が目の前に現れたとしても、見えないときがある。

――それこそ琴音は、最初は兄の存在が見えていませんでしたよね。大人になってから、兄がいてくれることに感謝する。あるいはパートナーの信次郎さんの言葉にしても、ちゃんと受け取れるようになっていく。
山田 
  たとえそういう人が現れても、自分にとって重要人物になるとは思えないで、チャンスを逃してしまうときがあると思うんですね。そのためにまったく違う方向に曲がって、奈落に落ちてしまう。そういう話を書いていきたいと、いつも思っています。
1 2 4 5
この記事の中でご紹介した本
つみびと/中央公論新社
つみびと
著 者:山田 詠美
出版社:中央公論新社
「つみびと」は以下からご購入できます
「つみびと」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
山田 詠美 氏の関連記事
倉本 さおり 氏の関連記事
読書人紙面掲載 特集のその他の記事
読書人紙面掲載 特集をもっと見る >
学問・人文 > 評論・文学研究 > 日本文学研究関連記事
日本文学研究の関連記事をもっと見る >