山田詠美 ロングインタビュー(聞き手=倉本さおり) 小説(フィクション)から事件(リアル)に迫る 『つみびと』(中央公論新社)刊行記念|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年6月21日 / 新聞掲載日:2019年6月21日(第3294号)

山田詠美 ロングインタビュー(聞き手=倉本さおり)
小説(フィクション)から事件(リアル)に迫る
『つみびと』(中央公論新社)刊行記念

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第5回
引き寄せ/引き寄せられる

――類子さんという東京帰りの叔母さんが、琴音の前で「逃げるが勝ち」という言葉を使いますよね。「しがらみでがんじがらめになったら、また逃げだせばいい」と。彼女自身は、田舎のコミュニティの閉鎖性が嫌で、一回東京に逃げて、そこでもうまくいかなくて、地元に逃げ帰って来る。だから、いつだって逃げればいいと考えている。でも、子どもである琴音は、そうやって逃げる自由を使いこなせないまま、その言葉だけがインストールされてしまった。だから、自分は人を殺すような罪を、ぎりぎり犯さなかったかもしれないけれど、蓮音たちがしわ寄せを受けた。子どもは目の前にある世界がすべてであり、そこで、ひとりでも多くの人たちから言葉を受け取って、自分の中で一定の考え方を構築できないと、欠落したまま歪んでいってしまうんですよね。
山田 
  子どもに対して、義務感を持って接したり、あるいはべったり付きあうんじゃなくて、特別な距離感を保ちつつ、真摯な抱きしめ方ができる大人ばかりいればいいんだけれど、そうじゃないから歪みが生じるんでしょうね。

最近も虐待の事件が大きく報道されていたけれど、そういう事件が起きるたびに、識者と呼ばれる人たちが「勧善懲悪」で話すでしょ。でも、最初の話にも関係しますが、そんなことをいくら話しても、虐待は減らない。それよりも、事件についてきちんと書かれたものを読むのが重要だと思うんですね。人伝てに聞くのではない。ニュースの短い速報だけで知ったつもりになるのでもない。ノンフィクションでも小説でもいいけど、きちん書かれたものを読むこと。多くの人は、悲惨な事件を見たくないから、ニュースだけを見て、「ひどいね」で終わってしまう。だけど、実態ははるかにすごいものだから、それで済ませちゃいけない。まずは事実と、そこまでに至った経過を知ることが大切だと思いますね。

――その経過も、一本道では語れないわけですよね。簡単に語れるぐらいならば、これまでも虐待を減らすことはできたはずですから。
山田 
  人によって不幸の要素が違うから、一概には語れない。育ってきた環境だってまったく異なるわけだから、画一的な解決法なんてないです。

――そういえば、以前お話をうかがったときに、「小説家は炭鉱のカナリヤであるべきだと言われるけれど、それは違う」という話をされていました。
山田 
  なにか不穏なことが起きたとき、小説家というのは真っ先に鳴いて社会に警鐘を鳴らすというよりも、むしろ最後まで居座ってすべてを見届けるべきだと私は思っています。ただ、なぜだかわからないけれど、小説を書いているときって、関連するような事件が起こったりしますよね。私が何かを引き寄せているのか、あるいは逆に引き寄せられているのか、そういときがあるなって思います。

――それこそ『つみびと』を書いていらっしゃった間に、児童虐待の事件がいくつか大きなニュースになりましたよね。
山田 
  悲惨な事件が、あの頃、立てつづけに起っていましたね。不幸なことに、目黒の事件で手紙を書いた後に亡くなった女の子は、あの歳にしてはあまりにも語彙を獲得していた。でも、その子が、いろんな悲しさを獲得していることに、周囲の大人はまったく気づかなかった。虐待をした親の育ってきた環境や教育に問題があったんでしょうし、そこに至るまでには様々な要素がある。ただ、一番弱い子どもが死ぬという形で終わってはならない。同じような事件を繰り返させないためには、ノンフィクションでも小説でも、この問題について書かれたものを、なるべく多くの人に読んでもらいたいと思いますね。

言葉で世界を書きつくす
――環境という面では、逆も又しかりで、蓮音の夫だった音吉は、いわゆる育ちが良いタイプでいい子ではあるんだけれども、蓮音が知っている悲しみを知らない。だから、知らず知らずのうちに蓮音を傷つけてしまうわけですよね。
山田 
  そういう人って、驚くほど多い。本当にいい人たちで、育ちもよくてお金持ちで、何不自由ない生活を送ってきた。でも、そこには、私が一番嫌いなものが漂っている。何かが起こったときに、「うちじゃなくてよかった」って思っちゃうタイプね。あからさまにではないけれど、自分たちはヒエラルキーの上にいると疑わない人たち。その人たちが持つ鈍感な部分を、私は必ず見てしまうんです。

――ヒエラルキーの上にいると思っている人たちを見ていると、「自分たちは君のことを知っている。あなたの言っていることはわかる」みたいな感覚がありますよね。だけど、本当はわかっていない。人の欠落している部分をわかるのは、とても難しいことだと思います。
山田 
  そのことを理解するには、すごくインテリジェンスがいる。他人の気持ちを自分の中でいかに感じ取れるかっていうことだから。どうやってそのインテリジェンスを獲得するのかと言えば、やっぱり小さい頃からの教育とか環境とか、どうやって生きてきたかに大きく関わってくることだと思いますね。

――それこそフィクションの言語じゃないと獲得できないものがありますよね。
山田 
  だから、「本を読め」と言いたい。小さい頃から本を読むのは、すごく重要だと思いますね。本の世界を通して、あらゆる人生を疑似体験できる。疑似体験は、そのままイマジネーションの力を磨くことになる。その人がどうしてこうなったんだろうと、全部理解するのは無理でも、そこを解明する鍵を持つことはできる。私自身、子どもの頃から本を読んでいなかったら、世の中がどんなに悲壮なものとして迫ってきただろうと思います。たとえば「失敗する」という言葉の中には、いくつもの複雑なニュアンスと色が潜んでいる。そのことを想像できるようになるためにも、小説は必要だと思います。物事を自分の世界に置き換えて考えたいと思っている人たちがいるわけだから。私自身は、小説で何かを変えようと思ったことは一度もありません。ただ、いろんな世界があることを、私の言葉で書きつくしたいんですね。だから、なんとなく雰囲気だけで逃げるような書き方はしたくない。言葉を使って、完全に語りつくしたい。それが小説家の仕事だと思っています。
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この記事の中でご紹介した本
つみびと/中央公論新社
つみびと
著 者:山田 詠美
出版社:中央公論新社
「つみびと」は以下からご購入できます
「つみびと」出版社のホームページはこちら
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