中平卓馬をめぐる 50年目の日記(12)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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中平卓馬をめぐる 50年目の日記
更新日:2019年7月2日 / 新聞掲載日:2019年6月28日(第3295号)

中平卓馬をめぐる 50年目の日記(12)

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「現代の眼」1964年12月号掲載 「I am a King —最終回/パレード」

「現代の眼」に新設されたグラビアの最初は、「カメラ・渡部雄吉、構成・川添登」による「非行」というタイトルだった。

撮影者と構成ないしは監修者を分けるというのはカメラ雑誌の写真の扱い方にはなかったことだった。だがそんなグラビアづくりの方法を通じて、私は、写真は見て読んでさらに別の想像をわきたたせるものだと教えられたのかも知れない。

「非行」も、街の雑踏、大学で繰り広がる大教室のマス授業、政治家の密談、銀座クラブの乱立、戸山アパートを例にした定型住まいの群立といった写真が同じレイアウトで続いて、現代社会の実相を「非行」という言葉を触媒にして読者に投げかけていた。

そして3月号は東松照明の「'64」。工事現場、社殿のシルエット、獅子舞の被りものの下に見える女性の裸の尻、祭りの飾りものをあしらった女性の乳房、カエルが透けて見えるレントゲン写真、摩耗したタイヤ。

このイメージの総体をどう受けとめるかをお楽しみくださいと言わんばかりの構成である。

そして同時にこの号からは「創作『あゝ、荒野』新連載、寺山修司、イラスト・山藤章二」、の文字を目次に目立たたせた12頁にわたる連載小説が始まっている。

私にはしかし誌面のこの小説を読んだ記憶がない。原稿をもらってきたときにはたいてい京橋の編集部そばの喫茶店で中平さんが読んで聞かせてくれた。というか、小さく声を出して朱入れをしながら入稿の準備をしたので、私はそれを聞いていればよかった。

しばらくして私は写真科の学生に呼びかけて写真批評誌「フォトクリティカ」をつくることになるが、そのための原稿を寺山さんに頼みに行ったときに「口承」のことを話した。するとかれは「うわー、耳で読んでくれたなんていいなあ」と満面の笑顔で喜んだ。

そして中平さんが連載小説とあわせてたいそう力を入れて担当した東松照明を監修者とした「I am a king」のシリーズが始まるが、その初回には「キャシアス・クレイの咆吼『I am a champ,I am the greatest・・・・I am a King』と絶叫した肉声を、マニフェストして連載の扁額として冒頭にかかげる」というキャッチコピーが添えられていた。

連載は全六回。森山や高梨豊、立木義浩、内藤正敏、深瀬昌久、横須賀功光が登場した。総合雑誌のグラビアに「報道カメラマン」ではないこうした人たちが参加するのは珍しいこと。東松主幹の、というか中平が東松に密着してつくったこの連載シリーズは、カメラ雑誌ではできない自由で実験的なことをやってみようとしていたのだろう。

そして最終回には中平さんが自分をかくした「柚木明」という名の写真家も登場した。

中平さんの撮った写真は一点だが、それが蜃気楼のような辻堂団地を撮った写真だ。この写真は写真集「来たるべき言葉のために」にも収まっている。だがトーンもアングルも当初のものとは違っている。私はしかし裸の世界に向き合った瞬間に受けた刺激を思わせる雑誌版の方が好きだ。「カフカだよ、カフカ」と、カフカの「城」だといって鼻をぴくぴくさせていたその写真である。中平さんはまだ編集者だったが、撮ってみた写真が「いいじゃないか」と東松に言われ、だから連載の一頁に採用されたと本人から聞いた。

そのとき中平さんの気持ちはどんなにざわついたことだろうか。(やなぎもと・なおみ=写真家・東京造形大学名誉教授)  (次号へつづく)
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