挽歌と反語 宮沢賢治の詩と宗教 書評|富山 英俊(せりか書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年6月29日 / 新聞掲載日:2019年6月28日(第3295号)

挽歌と反語 宮沢賢治の詩と宗教 書評
混沌は混沌のままに
白眉は「青森挽歌を読む、聴く」 

挽歌と反語 宮沢賢治の詩と宗教
著 者:富山 英俊
出版社:せりか書房
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 いきなり私事になるが、私は無宗教なうえにどちらかといえば唯物論だけれど、宗教にはその種類を問わず大いなる関心を寄せている。というのも、長年の詩作の経験から、詩と宗教は似ているというほかないからだ。もしかしたら私は、無宗教どころか、ほかならぬ詩という宗教に帰依しているだけなのかもしれない。そんなわけで、本書の副題「宮沢賢治の詩と宗教」には、ほかのすべてを放擲して繙読してみたい蜜と引力があるのだった。

それにしても労作である。最初の論考の初出が1996年だから、本書刊行までに、驚くべき持続と忍耐の時間が流れたことになる。まずそのことに敬意を表せざるを得ない。

内容はといえば、いきなり第一章が長大で、「青森挽歌を読む、聴く」。これではますます繙読したい欲望が募るばかりだ。またしても私事になるが、かつて私も、「青森挽歌」の多層的なテクスト構造の謎と魅惑に引き込まれ、門外漢であることも顧みず、「オルフェウス的主題」に沿ってささやかなアプローチを試みたことがある。先を急ぐ眼を引きとめたのは、章題が「青森挽歌を読む」で終わらず、さらに「聴く」とつづいていること。すわっ、賢治の朗読音声でも残っていたのか? まさか。「聴く」とはじつは、詩にとって宗教(=シニフィエ)と並ぶもうひとつの大問題、リズム(=シニフィアン)に注目しつつテクストを読み解くという著者の基本方針の謂いなのである。詩は「言葉の音楽」(萩原朔太郎)である以上、リズムに注目するのは当然といえば当然なのだが、賢治研究において、いや日本近代詩研究において、シニフィエに即したこれほどのリズム分析がかつて行なわれたことがあるのか、私は寡聞にして知らない。細部での議論はいろいろあるだろうが、興奮をもってこの章を読み終えたことだけは伝えておきたい。

ところが、つづく「賢治仏教学への予備的な覚書」以下の諸章で私はやや途方に暮れてしまった。「本覚」や「倶舎」についてまるで疎いこちらの受容能力の不足もあるだろう。しかしそれ以上に、先行研究や文献資料への参照があまりにも多岐をきわめ、煩雑にすぎ、そうしなければ研究として成り立たないという、繁茂しすぎた「賢治学」的事情はあるにしても、正直言って門外漢(=一般読者)にはきつすぎる。書物化にあたって、もっとすっきり、「私見」を背骨に論述を組み立て直してもよかったのではあるまいか。

さいわい、暮れかけた途方の出口が用意されていた。第7章「心象スケッチ、主観性の文学、仏教思想」に、これまでの諸章での主題の錯綜がインデックスのように整理されて並び立ち、私にほっとひと息をつかせる。その「13」が本書の中心紋であり、詩と宗教、「反語」と「挽歌」とが結び合わされる。引用しよう。「第一章以来見てきたように、心象スケッチの特徴の一つは、括弧や行上げ、行下げが多用され、そこに多声性や反語性などが生じることだった。それは、記録という設定だけから出るものでなく、発話を括弧に入れるなんらかの心性が前提となる。第五章で論じたように、賢治の場合にその心性は、仏教思想のなかの逆説性、親鸞主義の悪人正機や自然法爾、さらに広く絶対者と相対的現実との同一視に至る「本覚」的な発想などを源泉とするのではないか、というのが筆者の展望である。」

最終二章では、アメリカ詩という著者の専門を活かして、ゲーリー・スナイダーとT・S・エリオットが賢治との比較に召喚されている。とくに、スナイダーによる賢治詩英訳を検討しながら、日本語と英語という言語的差異をまたいで、そこでもリズムを「聴く」姿勢が貫かれているのは、さすがというべきだろう。

こうしたわけで、本書の白眉はやはり「青森挽歌を読む、聴く」ということになろうか。「青森挽歌」とは何か。いまや富山英俊とともに、つぎのように言うことが可能であろう。妹とし子の死後の行方を問うという異様な主題と絶えざるリズム的揺らぎのもと、宗教をもとめつつ、ついに宗教にも回収=解消されえないところの、混沌は混沌のままにという詩的エクリチュールの極致の現出……。
この記事の中でご紹介した本
挽歌と反語 宮沢賢治の詩と宗教/せりか書房
挽歌と反語 宮沢賢治の詩と宗教
著 者:富山 英俊
出版社:せりか書房
以下のオンライン書店でご購入できます
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