ケアを描く 育児と介護の現代小説 書評|佐々木 亜紀子(七月社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 読書人紙面掲載 書評
  4. 文学
  5. 日本文学
  6. ノンフィクション
  7. ケアを描く 育児と介護の現代小説 の書評
読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年6月29日 / 新聞掲載日:2019年6月28日(第3295号)

ケアを描く 育児と介護の現代小説 書評
人がケアを生きていくありようを明らかに
誰かを信じるために紡がれる物語たち

ケアを描く 育児と介護の現代小説
著 者:佐々木 亜紀子、光石 亜由美、米村 みゆき
出版社:七月社
このエントリーをはてなブックマークに追加
ケアとは、傷つけないこと。私は『居るのはつらいよ』(医学書院)という本で、そう書いた。それは一見簡単そうに見える。余計なことをしなければいい、安易に近づかなければいい、適切な距離を取ればいい、そう見える。だけど、実際はそんなうまくはいかない。なぜなら、ケアを必要とするとき、人は脆弱性やトラウマを抱えていて、とても傷つきやすくなっているからだ。したがって、ケアする人はときに相手を傷つけてしまうし、そしてそのことによって自分自身が傷ついてしまう。ケアをめぐる関係性には傷つきが満ち溢れてしまいやすい。

そこに物語が生まれる。恋愛において生じる傷つきをめぐって、恋愛小説が生まれるように、ケアすること/されることによって生じる傷つきをめぐって、ケア小説は生まれる。傷つきと向き合い、傷つきを消化していこうとするとき、そのための物語が必要とされるからだ。

本書が取り扱っているのはそのような物語たちだ。角田光代・三浦しをん・辻村深月などという当代随一の作家たちが、子育てや介護で生じるケアと傷つきを描いているわけだが、本書はそれらの物語を取り上げて、その背景で傷つきを生産し続ける社会的構造に目を向ける。本書の編著者たちが縦糸としているのはフェミニズムの政治理論であり、そこで指摘されている「公的領域」「私的領域」の枠組みを、ケア小説を用いて脱構築しようとする。すなわち、私的領域におけるケアによって生じる傷つきが、ジェンダーやナショナリズムなどの公的領域の歪みに根差したものであり、それにも関わらず人がケアを生きていくありようが明らかにされていくのである。

この本で取り上げられている物語はいずれも魅力的で、そしてそれが魅力的であるように本書の中で紹介されている。執筆者たちが深い親密さを抱いた物語が選ばれているからであろう。だから、私は本書の読書を何度も中断しようとした。この書評がなければ、途中で読むのを一度やめていたと思う。というのも、紹介されている小説たちを次々と電子書籍で買ってしまい、そっちを先に読みたくなってしまったからだ。それほどに本書の執筆者たちは選んだケア小説たちを大切に扱っていると思う。

そのようにして、魅力的なケア小説たちを読み解く中で見えてくるのは、私たちの人間的結びつき、繋がり、親密性というものが、傷つきをめぐって紡がれていくという事実である。それはケアの原基にもなると同時に、ケア関係の中での傷つきを原基にして立ち上がってくるものでもある。傷つきをサバイブするプロセスで、ケアする人は誰かにケアされる。依存する。それはケアされている当事者かもしれないし、また別の誰かかもしれない(本書で引用されているキテイが「ドゥーリア」と呼んだ人たちのことだ)。いずれにせよ、傷つき、心が死にかけているときに、誰かとの関係が心をサバイブさせる。それはその誰かを信じようとすることそのものが、生きていくことへの信頼をかたちづくっていくからであろう。逆に言うのであれば、生きようとするからこそ、人は誰かを信じようとし、そこに「深い関係」が築かれていく。それはもしかしたら錯覚かもしれない。しかし、それでも、そのはかなさが人生のある時期を丸ごと抱えるのだ。

ケア小説。それは誰も信じられない傷つきと絶望の最中で、誰かを信じるために紡がれる物語である。そういうことを本書は教えてくれる。
この記事の中でご紹介した本
ケアを描く 育児と介護の現代小説 /七月社
ケアを描く 育児と介護の現代小説
著 者:佐々木 亜紀子、光石 亜由美、米村 みゆき
出版社:七月社
以下のオンライン書店でご購入できます
「ケアを描く 育児と介護の現代小説 」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
東畑 開人 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
文学 > 日本文学 > ノンフィクション関連記事
ノンフィクションの関連記事をもっと見る >