わたしが看護師だったころ 命の声に耳を傾けた20年 書評|クリスティー・ワトスン(早川書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年6月29日 / 新聞掲載日:2019年6月28日(第3295号)

わたしが看護師だったころ 命の声に耳を傾けた20年 書評
一行一行から溢れる命の姿
極限にさらされた命、人の本質的な優しさ、生への信頼

わたしが看護師だったころ 命の声に耳を傾けた20年
著 者:クリスティー・ワトスン
翻訳者:田中 文
出版社:早川書房
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良い本に出会うと、人は遅読になるのではないだろうか。本書は、現在は小説家となった著者が、看護師だった二〇年間のことを綴るノンフィクションである。私は読了するまでに二ヶ月もの時間がかかった。読みにくいわけでも退屈なわけでもなく、むしろ美しい文章で頁をめくる手を止められない。けれども、一行一行から溢れる命の姿に、自分自身を根本から問われている気がして、ゆっくりと噛みしめるように読み進めたくなるのだ。時には世界が歪み、空気が薄くなったように感じ、そして恥ずかしいくらいに涙が止まらなくなりながら。

愛しい子供が肉の塊となって手術室に運ばれる瞬間、家族が一番聞きたい「大丈夫」という言葉は絶対にかけられないと著者は思う。以前、その言葉を言った後に、その子供は帰らぬ命になったからだ。あるいは、健康に生まれたのにもかかわらず虐待されて長く生きられない赤ちゃんをどう看取り、どのように加虐者の親と接するのか。直面する葛藤は重い。〈死について絶えず考え、いつも死にとり囲まれている。なぜいい人たちにひどいことが起きるのか、理解できずにいる〉と本書に書かれるが、これほど普遍的な問いはあるのだろうか。平和な日々に、ある時突然カードが配られるのだ。どんなカードが配られるかわからない恐れは、どのような人も免れられないだろう。看護の世界では、人にとって最悪の事態が日常であり、その人たちを支えていくのが仕事なのだと本書は訴えかける。

とはいえ、著者は最初から看護師になりたかったわけではないという。十二歳からアルバイトをして、十六歳で家を出た。生きていくために看護師になろうと思い、けれども最初は採血で自分の血を見て失神してしまう。しかし時とともに感覚は麻痺し、人間の生命の極限を経験したい、目を大きく見開いて生きたいと思って小児集中治療室の勤務を希望したのに、気がつけば目を閉じ、途方もない苦しみをまのあたりにしているのに何も感じないこともあったと告白する。だからこそ、重い病気の子供が無邪気に笑ってくれた瞬間を「忘れない、忘れない、忘れない」と誓う。

看護師は自分の生命維持装置だという著者は、この二〇年の間に、離婚をし、虐待された男の子を里子として家族に迎え、父を看取る。勤務中に末期がん患者の前で号泣し、ゴロゴロと音が鳴り肋骨が浮き出た体に抱擁してもらう。「プロ失格ですねわたしの方が助けなくちゃならないのに」と泣き崩れる彼女に、死を目前にした患者は言う。「そんなの馬鹿げているよ」「私たちはみんな、おたがいを助けなくちゃならないんだ」。

極限にさらされた命に向き合う中で、著者は何度も同じ問いを繰り返す。それは、優しさとは何かという根本的な問いだ。どれほど悲惨で、どれほど間違っていようとも、人生にはさらなるひどいことが起きるということを看護の仕事を通じて知った。それでもすべてを目にしてきてもなお、人は本質的に優しく、その優しさは人から人にうつるものだと生への信頼を歌い上げる。

人の優しさは人間を守る骨のようなものだ。苦しみや、時には痛みの感覚ですら、優しさによって和らげることができる。人を救うことで、人は救われている。決して耳に優しい甘い物語ではない。けれども、読むものにまで優しさはうつり、自分も誰かを守る骨になりたいと願う。
この記事の中でご紹介した本
わたしが看護師だったころ 命の声に耳を傾けた20年/早川書房
わたしが看護師だったころ 命の声に耳を傾けた20年
著 者:クリスティー・ワトスン
翻訳者:田中 文
出版社:早川書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「わたしが看護師だったころ 命の声に耳を傾けた20年」出版社のホームページはこちら
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