「市」に立つ 定期市の民俗誌 書評|山本 志乃(創元社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年6月29日 / 新聞掲載日:2019年6月28日(第3295号)

「市」に立つ 定期市の民俗誌 書評
「市」を通して見えてくる生きた生活
グローバル経済に対しうる柔軟で多様な可能性

「市」に立つ 定期市の民俗誌
著 者:山本 志乃
出版社:創元社
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 誰でも、旅先で朝市や定期市にでくわし、見知らぬモノや味を知り、地元の人情に触れた刺激的な経験があるだろう。本書は、各地の「市」の現在を問う手堅い研究書でありながら、そうした高揚感をもう一度思い起こしながら読み進めることができる。それは何より、著者のしなやかな叙述に秘密があるからだ。

「市」に対する飽くなき関心と愛着を抱く著者の姿が、さりげなく書きこまれ、それぞれの「市」との接触を読者に体感させるのである。観光客だとバレないようにふるまっていたつもりなのに、「どこから来たの」と尋ねられ、ある時はめずらしい品を見つけ思わず両手いっぱいに買い物をし、またある時は、調べごとに走り回るうちに、買った品を店に預けていたことを危うく忘れそうになる。そうして出会うべき人に出会い、地域の産業や街の変遷など知るべき知識に触れていく過程が描かれ、著者と「市」との等身大の関りが、鮮やかに浮かび上がる。少し専門的な言い方をすると、フィールドワークをする身体が過不足なく書き込まれ、語られる事実が、単なる資料や情報ではなく、「市」を通して見えてくる生きた生活であることを伝えるのである。そして私たちは、著者とともに「市」を「内側から」見ることになる。

著者が初めて研究者として接した千葉の大多喜の朝市。そこに出店し続けた農家の女性が記した約四十年分の出店日記を託され、そこから高度成長期を経て家業がかわっていく様、そして定期的な現金収入を求めて、「市」への出店が恒常化していく過程が語られる。特に、他の出店者との差異化をはかるために加工食品に特化して女性が工夫を重ね続けたことなど、「市稼ぎ」の柔軟さが浮かびあがる。

また、近世以来の伝統があるという高知市の「市」で出会った、仏様に備えるシキビ(樒・シキミ)を売る男性は、他店が花市で仕入れたものを束で売るのに対し「目方売り」を続けていた。その背景には、敢えてシキビを植えた山主や、それを高度な技術で世話をする「切り子」との深い共存の関係があり、さらに貧しい者も神をまつることができるよう「シキビ・サカキは、もうけて売りよったらいかん」という先代からの商いの教えが刻まれていた。著者はそこに、市に生きる一つの商売哲学を見る。

昭和四十年代末から運営委員会方式で、時代に即した柔軟な運営をして地域の生活に定着した宮城県気仙沼の朝市は、東日本大震災の一か月後に従来の開催場所を変えて復活し、カツオ船が縁をつなぐ高知の黒潮町から贈られた大釜を使いイベントを開催し、賑わったという。そして大型商業施設が朝市の場所として駐車場を提供し、その賑わいを支えたことに、著者は、小さな経済圏の「市」と、一見相反する大きな市場を支える商いの施設がそれぞれ別の価値を発揮しながら共存しうる可能性を見出だす。

一度途絶えた、かつて稲刈り前に農機具を揃える「市」だったという鳥取県松崎の三八市。二〇一〇年、地元の四人の女性が中心になって、単にモノを売るだけでなく人が集える仕掛けやサービスを考案し、「地域の人も出店者も楽しめる市」として再興する。そのうち外部の人の提案からゲストハウスをつくり、旅人と土地の人とのつながりの場を生み出し、さらに空き家に移住者を迎えるようになる。そして、今度は移住者の子育て支援に乗り出したという。地域の生活に根ざした「市」の発想は、どこまでも柔軟で、その本来の機能すら更新し拡大させていくのである。

地域の経済と生活の営みを支え続けてきた「市」をまなざす著者の視線は、各地の「市」に刻まれた歴史と現在から、一見ささやかな、しかし多様でかつ大きな可能性を丁寧にすくい上げ、私たちの暮らしが、剛直なグローバルな経済に包摂されつくすわけでもないことを、具体的に示してくれる。大きな市場の仕組みを通じてもたらされる今日の商品の「当たり前」のたたずまいの向こう側にも、作る人、商う人の具体的な暮らしの存在感を手繰れそうな気にすらなってくる。そしてともかく、今度旅に出たら、是非「市」を見つけて、そこに立ってみたいと無性に思えてくるのである。
この記事の中でご紹介した本
「市」に立つ 定期市の民俗誌/創元社
「市」に立つ 定期市の民俗誌
著 者:山本 志乃
出版社:創元社
以下のオンライン書店でご購入できます
「「市」に立つ 定期市の民俗誌」出版社のホームページはこちら
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