若山牧水『朝の歌』(1916) 古汽車のなかのストーヴ赤赤と燃え立つなべに大吹雪する |書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
更新日:2019年7月2日 / 新聞掲載日:2019年6月28日(第3295号)

古汽車のなかのストーヴ赤赤と燃え立つなべに大吹雪する
若山牧水『朝の歌』(1916)

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若山牧水は汽車旅を好んだ歌人で、四三年の短い人生のうち、かなりの時間を車中で過ごしている。「旅とふる郷」という旅行エッセイも書いているのだが、「上野駅や東京駅よりも、古い新橋駅が好きだ。記憶に鮮やかなのは甲府駅と和歌山駅だ」などといった内容で、現代の鉄道ファンと大して変わらない。鉄道ファン文人の先駆けといっても間違いではないかもしれない。

この歌は、青森駅から大釈迦(だいしゃか)駅へと向かう途上を詠んだ歌である。大釈迦駅は青森市浪岡(かつての浪岡町)に所在し、現在はJR東日本奥羽本線の一駅である。かつては駅の向かいの酒屋が委託を受けて乗車券販売していたという、のどかな駅らしい。1915年(大正5年)春先に牧水は東北旅行をし、加藤東籬という短歌仲間に会うためにこの大釈迦駅を目指していた。大釈迦とは不思議な地名であるが、やはり仏教の信仰に由来するようだ。

大正初期の時点で「古汽車」と呼ばれているくらいなのだから、相当古かったのだろう。奥羽本線の前身である奥羽北線は1894年(明治27年)開業であるが、もしかすると当時の汽車をまだそのまま走らせていたのかもしれない。当時の北国の汽車の車内風景なんて、どこもこんなものだったのだろう。赤々とストーブが燃え立ち、そこに鍋が置かれている。どんなにストーブが燃えていたって、寒さがひしひしと伝わってくる。南国育ちの牧水にはさぞかしこたえたことだろうと思われる。(やまだ・わたる=歌人)
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