圧縮と解凍を繰り返されて「aijou.mov」は壊れた 笹井宏之『てんとろり』(2011)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね 第46回
更新日:2016年7月15日 / 新聞掲載日:2016年7月15日(第3148号)

圧縮と解凍を繰り返されて「aijou.mov」は壊れた 笹井宏之『てんとろり』(2011)

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作者は、重い病気を抱えながら携帯サイトに短歌を発信し、歌集を出版してその才能がついに認められはじめたというところで26歳で夭折してしまった歌人。シンプルな言葉を使った透き通るような世界観が特徴的であったが、ときおりコンピュータ用語を詠み込むことがある。インターネットが広い世界とつながれるほぼ唯一の窓であったからだろう。


「mov」というのはアップル社のメディアプレーヤー(音楽や動画の再生ソフト)・QuickTimeの拡張子である。画像データに付いている「jpg」や、印刷用文書データについている「pdf」も拡張子のひとつである。「aijou.mov」は「アイジョウ・エムオーブイ」と読むのが正しいのだろう。

「aijou=愛情」を音楽か動画のメディアと捉え、人間は脳内の再生ソフトでそれを幾度も再生しているだけなのだという発想だ。拡張子を短歌に読み込むアイデアとしては早い部類だといえる。


「圧縮と解凍」というフレーズは穂村弘の短歌批評用語を背景にした言葉だろう。元システムエンジニアの穂村はコンピュータ用語を批評に導入することがあり、隠喩によって短い言葉に多義性を持たせることを「圧縮」、それに解釈を加えることを「解凍」と呼ぶ(詳しくは『短歌の友人』(河出書房新社)を参照)。それと同様に、愛情というあまりに多義的な観念は、一人の人間のなかで隠喩と解釈を繰り返されて壊れてしまうのだ。コンピュータ用語を使っているからこそ表現できた、とてつもない孤独の歌だ。
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