第32回 三島由紀夫賞・山本周五郎賞 贈呈式|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年7月5日 / 新聞掲載日:2019年7月5日(第3295号)

第32回 三島由紀夫賞・山本周五郎賞 贈呈式

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受賞者の朝倉氏㊧と三国氏
六月二一日、東京都内にて第三二回三島由紀夫賞・山本周五郎賞の贈呈式が行われた。受賞作は三島賞が三国美千子氏の『いかれころ』(「新潮」平成三一年十一月号)、山本賞が朝倉かすみ氏の『平場の月』(光文社刊)であった。

贈呈に先立ち、三島賞選考委員の辻原登氏が祝辞を述べた。「この小説は、現在の私の視点と四歳の私の視点を編み合わせるようにつづられます。二つの視点、焦点が作り出す楕円球の世界は、ラグビーボールのようにどこに向かって転がるのか分からない。しかし、そのことが河内弁を巧みに盛り込んだ会話とあいまって、文体にうねりと強度をもたらします。

自然主義を柱とする日本近代文学の土壌から生まれ、その掉尾を飾るものと言ってよいと思います。紛れもなく、記念すべき傑作です。『いかれころ』の出現を喜びたいと思います」。

三国氏は、幼い頃を振り返りつつ受賞の言葉を語った。「三島賞をいただき、今、すごく心が揺さぶられている気持ちです。なぜ、私が小説を書いているか、エピソードを一つお話しさせて下さい。

私はそのとき、小学校の一年生でした。一月の寒い体育館で、四月から入学する新一年生の歓迎会が行われていました。周りの同級生は入れ替わり立ち替わり、舞台に上がってゆきます。二重跳びを披露する子、馬跳びをしてみせる子、音読をする子、ピアニカでキラキラ星を演奏する子。

皆、興奮と充実感で頬を紅々とさせて戻ってきました。でも、どうもおかしい。えんじ色のどん帳が左右に縛ってある舞台を見つめながら、自分には出番が来ないことに初めて気がつきました。歓迎会の出し物を決めるとき、空想のお話を創るので私は忙しかったのです。

私は背筋を伸ばしました。意地悪で、目端がきく小利口な女の子に見つからないように、そのまま座っていました。幸い、最後まで誰も気づきませんでした。私はそのとき決めました。これから先も絶対に舞台には上がらない。薄い紗の幕を、舞台のあちらとこちらの間に垂らし、暗い客席の隅っこに隠れていよう、と。実際に長いこと隠れていました。

私はたまに、舞台の下から、プロンプターよろしく台詞をひそひそ囁きます。下手な演出をつけて失笑を買います。舞台の上にあがった人たちは、時折、仕返しみたいに夢に出てきて、嘲りの言葉を浴びせかけてきます。

ある時、あの薄い紗の幕が文字でできていることに気づきました。文字はだんだんとまとまりができ、お話の形を取るようになりました。十五年くらい前のことです。そして、好きなときに、好きな形や模様をこしらえるようになりました。

気づいたら、小説の賞をもらっていました。

私は最初、紗の幕で、つまり小説で自分を守っていたのだと思います。現実に触れないために。しかし今思うのは、小説は私と現実との唯一の接点でもあるということです。小説と私は、そういう関係です」。

つづいて山本賞の選考委員である佐々木譲氏が登壇した。「受賞作は、作者が何を主題・題材とし、どんな問題意識で書いたのか、選考委員全員が語りたくなった。そういう作品でした。

再会から性愛を含める関係になり、そして別れていく大人の男女の関係を、オリジナルな文体で描き、独創的なレトリックが大変印象的です。

今の日本社会を真正面から見据え、普通の大人同士の男女の結びつきという、難しい設定を自分に課しながら、素晴らしい魅力的な物語を私たちに提示してくれました」。
平場の月(朝倉 かすみ)光文社
平場の月
朝倉 かすみ
光文社
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最後に挨拶に立った朝倉氏は、以下のように思いを披露した。「受賞して、とてもありがたい気分です。今日は一日、楽しく過ごし、明日まで少し余韻を楽しんだら、また平場でやっていきます。いいものを書きたいです。これからも、どうかよろしくお願いいたします」。
この記事の中でご紹介した本
平場の月/光文社
平場の月
著 者:朝倉 かすみ
出版社:光文社
以下のオンライン書店でご購入できます
「平場の月」出版社のホームページはこちら
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