書物の破壊の世界史 シュメールの粘土板からデジタル時代まで 書評|フェルナンド・バエス(紀伊國屋書店 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年7月6日 / 新聞掲載日:2019年7月5日(第3296号)

書物の破壊の世界史 シュメールの粘土板からデジタル時代まで 書評
書物の破壊を通して人類の歴史を振り返る
書物の破壊から得られる教訓とは

書物の破壊の世界史 シュメールの粘土板からデジタル時代まで
著 者:フェルナンド・バエス
翻訳者:八重樫 克彦、八重樫 由貴子
出版社:紀伊國屋書店
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 今年四月、復活祭を控えたパリのノートルダム大聖堂が失火による火災で大きな被害を受けた。ユネスコ世界遺産にも登録されている大聖堂が炎に包まれる姿は、世界中に大きな衝撃を与えた。また、昨年九月には、リオデジャネイロのブラジル国立博物館で火災が起こり、その結果収蔵物の大半が焼失したというニュースが話題となった。こうした文化遺産の破壊や喪失のニュースを聞くたびに、それを惜しむ人は多いのではないだろうか。しかし、長い歴史のなかでこうした文化の破壊は幾度も繰り返されてきた。本書は、紙の本だけでなく、粘土板やパピルスに書かれた古代文書からデジタル文書までを広く書物として捉え、世界各地で起こってきたそれらの破壊の歴史から、書物の破壊、そして文化遺産の破壊とはどういうことなのかを考えさせてくれる一冊である。

書物は、音声や仕草、さらには抽象的な概念を記号化して伝達する文字の発明の結果として生まれ、集団の伝統や記憶を継承し、永続化させる役割を果たしてきた。その意味で、書物とは個人や共同体のアイデンティティや記憶を伝える文化遺産であり、書物を収蔵する図書館や公文書館、博物館といった施設は、それらの記憶の殿堂であると、著者は指摘する。だからこそ逆に、書物はしばしば意図的に破壊されてきた。最古の書物とされるシュメールの粘土板の多くは、戦乱による火災の影響で、解読不能なほど破損していたという。書物の誕生とともに実はその破壊も始まっていたのだ。そして、本書からみえてくることは、ローマ皇帝によるキリスト教迫害、焚書坑儒、モンゴル帝国の征服、異端審問と宗教改革、フランス革命、ナチスドイツやポル・ポトといった独裁政権や宗教原理主義による検閲、ボスニア紛争、イラク戦争と、我々がよく知る世界史上の出来事の多くは、同時に書物の破壊を伴っていたことである。繰り返される書物の破壊に、暗澹たる気分になる。また、著者はフィクションにも目を向ける。例えば、『指輪物語』の赤表紙本の場合、原本は失われて写本が残るのみとあるように、書物の破壊・喪失が描かれるのは、それが当たり前の時代になったからである。

本書を通して、書物の破壊とは人類文化の喪失という取り返しのつかないことが起こったという問題だけではすまされないことを思い知る。書物が伝える記憶は、破壊者にとって直接あるいは間接的な脅威であるからこそ、破壊の対象となる。こうした書物の虐殺は確信犯的に行われており、著者も述べているように、それは無知・無教養からくるものではない。

一方で、破壊は無関心からも生じることも忘れてはならない。本書で紹介される破壊された様々な書物は、書名だけにせよ記録に残っているものだ。実際には、書名すら現代に伝わることなく、消滅している書物のほうがはるかに多い。多くの場合、誰かが残そうとすることもなく、忘却されていく。意図的な破壊、事故や災害のような偶発的な破壊に、このような無関心による書物の破壊も含めれば、我々はこれまでにどれほどの書物を失ってきたのか、その全体像を明らかにすることは非常に難しい。

書物の破壊は、人類が積み上げてきた記憶や知識の喪失につながる。本書の底流に流れているのは、それを惜しむ著者の強い思いだ。しかしその一方で、全ての書物を破壊から守り、残していくべきなのかという疑問も浮かんでくる。公序良俗の観点から書物の出版や流通に規制がかかることも本書では破壊の一つとされているが、その時代に生きる人の多くにとって、それが当然と受け止められていたことにも留意すべきだろう。書物の破壊は、時代とともに変わっていく価値観の問題もはらんでいる。書物の破壊、文化の破壊を惜しむのも一つの価値観にすぎない。破壊すべきか否かの線はどのように引かれているのだろうか。そもそも、破壊とは何だろうか。破壊についてもっと突き詰めて考えてみたくなった。
この記事の中でご紹介した本
書物の破壊の世界史 シュメールの粘土板からデジタル時代まで/紀伊國屋書店
書物の破壊の世界史 シュメールの粘土板からデジタル時代まで
著 者:フェルナンド・バエス
翻訳者:八重樫 克彦、八重樫 由貴子
出版社:紀伊國屋書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「書物の破壊の世界史 シュメールの粘土板からデジタル時代まで」出版社のホームページはこちら
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