日本統治下の朝鮮シネマ群像 戦争と近代の同時代史 書評|下川 正晴( 弦書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年7月6日 / 新聞掲載日:2019年7月5日(第3296号)

日本統治下の朝鮮シネマ群像 戦争と近代の同時代史 書評
皇民化政策のもとにあって、朝鮮人はどのように映画を撮ったか

日本統治下の朝鮮シネマ群像 戦争と近代の同時代史
著 者:下川 正晴
出版社: 弦書房
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同じ著者の前著『忘却の引揚げ史 泉靖一と二日市保養所』は興味の尽きない研究であった。日本統治時代に京城帝大で教鞭を執り、後に千里の民博設立に尽力した人類学者泉靖一の評伝かと思って読んでいると、途中から日本敗戦後の満洲朝鮮からの引揚者の話となる。とりわけその中でも主にソ連兵らによる強姦によって不本意にも妊娠させられたり、性病に罹った女性を救済するため、博多郊外に緊急に医療施設が設けられた。医師たちは違法とは知りながらも、夥しい数の妊娠中絶手術を、麻酔なしに行なうことを求められた。若き人類学者がこうした事態にどう関わったのか。これは従軍慰安婦問題と並んで、戦後日本史のなかでも言及が禁忌とされていた領域だけに、著者による篤実な探究心に共感を感じた。

今回の書物もほぼ同じ時代を扱っている。日本の中国侵略が伸展するとともに、朝鮮では皇民化運動が提唱され、創氏改名や神社崇拝、教育における朝鮮語の周縁化といった政策が実施された。いうまでもなく目的は、朝鮮人を日本軍兵士として徴兵することである。そのための宣伝手段として積極的に用いられたのが映画であった。朝鮮映画の第二世代にあたる映画人(多くは独立運動と左翼運動での挫折歴あり)がこうして制作監督したのが、『志願兵』や『軍用列車』といったフィルムである。また「内地」からは今井正や原節子のように、「内鮮一体政策」を推進する目的で、北朝鮮ゲリラ討伐の映画を作りに来た者もいた。

だがその一方で、何とか朝鮮の子供たちの悲惨な境遇をカメラに収め、社会に訴え出ようとする真摯な情熱をもった映画人も存在していた。今井正の国策映画に演出助手として就きながら、『授業料』や『家なき天使』といった児童映画を監督した崔寅奎がその代表である。本書はこの日本と植民地朝鮮の狭間にあって、苦しい立場に置かれていたこの監督を基軸として、周辺にいた俳優、制作者、撮影監督といった人々のあり方を、日韓双方の資料に基づいて調べ上げている。すでに同時期の朝鮮映画を扱った研究書としては、李英載の『帝国日本の朝鮮映画』なる、きわめて分析的な好著が存在している。しかし本書は作品の具体的な分析ではなく、そこに表象されている事象の文脈化により重きを置いている。それを日本人ジャーナリストの眼から見つめ直すというところに、本書の意義がある。

物足りない点がないわけではない。ひとつは崔寅奎が戦時下で撮った二本の国策映画『太陽の子供たち』(一説には『神風の子供たち』)『愛と誓ひ』について、ほとんど言及がなされていないことだ。また祖国の解放直後、この同じ監督がただちに『自由万歳』という抗日映画を発表し、現実には起きえなかった敗戦直前の京城での抗日武装闘争を劇映画にし、大ヒットさせたという事実に対しても、もう少し踏み込んだ分析があってもいいのではないか。

蛇足であるが、こうした研究が可能となったのは、近年になって中国でその当時の朝鮮映画のフィルムが続々と発見され、それを韓国の国立映画資料館が積極的にソフト化しているという状況がある。日本ではときおり国立フィルムアーカイブが上映することはあっても、『必勝歌』のような敗戦直前の国策映画のソフト化はまず考えられないことだろう。一国の映画文化行政における歴史資料への認識が、韓国と日本では大きく異なっていることを、わたしは日本人として恥ずかしく思う。
この記事の中でご紹介した本
日本統治下の朝鮮シネマ群像 戦争と近代の同時代史/ 弦書房
日本統治下の朝鮮シネマ群像 戦争と近代の同時代史
著 者:下川 正晴
出版社: 弦書房
以下のオンライン書店でご購入できます
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