室町時代の女装少年×姫 『ちごいま』物語絵巻の世界 書評|阿部 泰郎(笠間書院)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年7月13日 / 新聞掲載日:2019年7月12日(第3297号)

室町時代の女装少年×姫 『ちごいま』物語絵巻の世界 書評
中世文学研究に新生面を拓く
日本の漫画・アニメ文化の淵源である絵巻物

室町時代の女装少年×姫 『ちごいま』物語絵巻の世界
著 者:江口 啓子、鹿谷 祐子、末松 美咲、服部 友香
監修者:阿部 泰郎
出版社:笠間書院
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 とても、おもしろかった。若い頃から、活字化された日本の古典文学はほとんど読んできたが、こんなに楽しく読めたのは初めてだ。

「ちごいま」は室町時代に成立した物語。比叡山の座主(天台宗の最高位の僧)に寵愛されている稚児が、祈祷を依頼された座主に同行して出向いた先の内大臣家で美しい姫君を垣間見て恋に落ちてしまう。祈祷が終わった後も山に帰らず、実家で恋煩い状態の稚児に、乳母がある計略を授ける。それは稚児を女装させて、内大臣家に女房として送り込むというものだった。美しい(でもどこか少年っぽい)女姿に変身した稚児は首尾よく内大臣家に「今参り(新参)」の女房として採用される。そして、琵琶の特技を活かして、姫君の琵琶の師として側近くに仕え、その信任を得ることになる。そう、「ちごいま」とは「稚児の今参り」のこと。

姫君への接近を果たしたとはいえ、姫君は近い将来、春宮(皇太子)の妃となる高貴な身、稚児は両親に死に別れた天涯孤独の身、まったくの身分違いの恋が、そうたやすく成就するはずはなく…。

垣間見、和歌のやり取り、献身的な乳母、おしゃべりな女房たち、宇治という舞台設定など平安~鎌倉時代の女性文学の定番的な要素に加えて、天狗(修験道の行者のイメージ化)という室町時代らしい要素も加わり、物語は急展開していく。

「ちごいま」は、詞書(文章)と絵で構成される絵巻物として今に伝わるが、絵はほとんど白描(彩色なしの墨書き)、大きさも小型で、絵巻物としては「白描小絵」という形式。こうした形式は14世紀に登場するという。特徴的なのは「画中詞」と呼ばれる描かれた人物の台詞を絵の中に書き込む形態。「画中詞」にはご丁寧にも読む順番が漢数字で付されている。

本書では、それを漫画の吹き出しの形に現代語訳しているので、詞書(現代語訳)で粗筋を知った上で、吹き出しを追えば、室町時代の物語を当時の読者(女房)と同じように簡単にそして楽しく読むことができる。

日本の漫画・アニメ文化の淵源が絵巻物にあることは指摘されて久しいが、「画中詞」を吹き出し化にしたことで、いっそうその感を深くさせる。

本書は、名古屋大学大学院の阿部泰郎教授のゼミの研究成果であり、諸本の調査・発見、校訂と本文の確定、語注など学問的な成果もしっかり収められている。同時に、解説やコラムも豊富で、王朝文化にあこがれた中世物語の世界について様々な知見を得ることができる。

同ゼミの成果としては、男装の少女の物語『室町時代の少女革命 「新蔵人」絵巻の世界』(笠間書店、2014年)がすでに刊行されていて、これで、室町時代の女装・男装の物語研究が2つ揃ったことになる。

異性装の物語としては、平安時代末期に成立した(鎌倉時代に改作)『とりかえばや物語』が有名だが、阿部ゼミの研究は、それが例外的なものではないことを示している。さらに、中世には稚児と僧侶の男色の恋愛をテーマにした物語絵巻も数多く作られているが、活字化・現代語訳はほとんど行われていない。今後、活字化が進めば異性装や男色の物語を除外してきた従来の中世文学史は、再構成をせまられることになるだろう。

最後に2点だけ注文。本書では、主人公の稚児を現代の女装の少年「男の娘」に例えている。それが間違っているわけではないが、稚児がもつ複雑な特性、身体的には少年であり、ジェンダー&セクシュアリティ的には女性類似であり、かつ宗教的な要素(観音菩薩の化身)を持つ、「時分の花」(年齢限定)の双性(ダブルジェンダー)的存在であることが、やや見えにくくなっているように思えた。その点、もう少し解説があってもよかったと感じた。

また、「ちごいま」と「新蔵人」の類似は素人目にも明らかで、それが様式的なものに留まるのか、それとも成立時期や作者の問題に及ぶのか、もう少し突っ込んだ考察が欲しかったように思う。

『ちごいま』『新蔵人』2冊合わせて、中世文学の研究に新生面を拓き、かつ、異性装研究にあらたな材料を提供した意義はとても大きい。こうした作業には長く地味なご苦労が多い作業が必要なことは承知の上で、ぜひとも3冊目を期待したい。
この記事の中でご紹介した本
室町時代の女装少年×姫 『ちごいま』物語絵巻の世界/笠間書院
室町時代の女装少年×姫 『ちごいま』物語絵巻の世界
著 者:江口 啓子、鹿谷 祐子、末松 美咲、服部 友香
監修者:阿部 泰郎
出版社:笠間書院
以下のオンライン書店でご購入できます
「室町時代の女装少年×姫 『ちごいま』物語絵巻の世界」出版社のホームページはこちら
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