翻訳 訳すことのストラテジー 書評|マシュー・レイノルズ(白水社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年7月13日 / 新聞掲載日:2019年7月12日(第3297号)

翻訳 訳すことのストラテジー 書評
翻訳とは創造的で豊かな営み
道具的な言語、翻訳理解からの解放

翻訳 訳すことのストラテジー
著 者:マシュー・レイノルズ
翻訳者:秋草 俊一郎
出版社:白水社
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 人はことばを道具的にとらえがちだ。すでに存在する〝もの〟や〝こと〟を、そのまま指し示す手段だと思いこみがちだ。だから翻訳も、なにかを指す言語Aのことばを、同じものを指す言語Bのことばに置き換える作業だと考えられがちである。本書で著者が「厳密に定義された翻訳」と呼ぶのがこの理解だ。「〝意味〟と呼ばれるなにかをとりだして、〝言語〟と呼ばれるなにかから、〝言語〟と呼ばれる別のなにかへと移す」、それが翻訳だという理解である。

こうした言語観と翻訳観は、われわれの意識に深く根を張っている。しかし言語論的転回後の世界に生きるわれわれは、あるいはことばや翻訳と格闘した経験のある者は、ことばと意味との関係がそれほど自明ではないことを知っている。この翻訳理解が狭く非現実的であることをわかっている。

本書は翻訳研究への入門書である。翻訳とはなにか、解釈と翻訳はどう重なり異なるのか、翻訳と権力はどのような関係にあるのか――こういった重要な論点を網羅的にカバーしたうえで、歴史をふまえつつ、また漢文訓読、漫画、機械翻訳など最新の事例にも目を配りながら、ふんだんな具体例を添えて必要な情報を平易な文章で提示する。しかし、すぐれた入門書の多くがそうであるように、第一線で活躍する研究者がみずからの主張をはっきりと打ち出す一冊でもある。その主張の中心にあるのが、「厳密に定義された翻訳」を相対化し、翻訳に内在する創造性と多様性を解き放とうとする著者の意図にほかならない。

翻訳は言語Aから言語Bへの等価の変換ではありえない。つねになんらかの目的のために、ことばと文化と意味のコンテクストのなかで行われるものであり、そこには解釈や価値判断がつきまとう。それゆえ翻訳は政治や権力と不可分だ。しかし、翻訳に解釈や価値判断がつきものなのは、けっして否定的なことではない。「この多様性を楽しむべき」だと著者はいう。「本質的に翻訳は寛容な、探究心あふれる営みであって、監督制限するものというよりは育て伸ばすものだ」。そもそも、「翻訳はソーステキストと同一のものを生みだそうという試みではない……読みながら、思い描き、一緒につくらなくてはいけない」。だからテキストは想像力の源泉だ。そして「それは読まれ、反応され、解釈され、翻訳されるたびに広がっていく」。翻訳とは「言語、時間、場所、人々を重ね合わせ、その同質性と異質性を浮き彫りにする」創造的で豊かな営みなのである。

「厳密に定義された翻訳」を鮮やかに脱呪術化してゆく著者の語りを追ううちに、読者は翻訳研究の論点と到達点を把握することができる。そして道具的な言語理解、翻訳理解から解放され、言語と翻訳の創造的な本質に目をむけられるようになる。巻末に付された「日本の読者むけの読書案内」と訳者解説も有用だ。本書の翻訳自体が、著者の提示する翻訳理解のよき実践例となっているのもうれしい。翻訳関係者のみならず、ことばや異文化交流に関心を持つ人に広く読まれてほしい一冊である。
この記事の中でご紹介した本
翻訳 訳すことのストラテジー/白水社
翻訳 訳すことのストラテジー
著 者:マシュー・レイノルズ
翻訳者:秋草 俊一郎
出版社:白水社
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