日本語が英語と出会うとき 日本語と英和・和英辞書の百五十年 書評|今野 真二(研究社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年7月13日 / 新聞掲載日:2019年7月12日(第3297号)

日本語が英語と出会うとき 日本語と英和・和英辞書の百五十年 書評
日本語学者が近代英和・和英辞書の日本語を読み解いた、画期的な論考

日本語が英語と出会うとき 日本語と英和・和英辞書の百五十年
著 者:今野 真二
出版社:研究社
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近代の英和・和英辞書について論じた研究書は、決して多くはない。そんな中に、日本語学者が英和・和英辞書の成立と展開を論じた論考が新たに登場した。しかも、当然のことながら、日本語学者である著者の興味は、それらの辞書の中で使われた日本語にある。このような視点から英和・和英辞書を見ることなど、従来ほとんどなされていなかったことで、これこそが本書のもっとも画期的な点と言える。本書によって、先人たちが、英語と日本語という異なる言語の意味とどのように格闘し、やがてどのように意味を定着させていったのかを、具体例をもとにたどることができる。それは証拠探しの現場に居合わせているようで、実にスリリングである。

例えば、最初の官版英和辞書である文久二年(一八六二年)に出版された『英和対訳袖珍辞書』では、二〇〇七年に発見された草稿と初版との語釈を対比させて論じられている。

初版と草稿の具体的な相違は、Dictatorという語では、草稿では「吩付(イヒツケ)スル人」となっていたものが、初版では「言付ル人」となっているという。著者は、この「イイツケ」に対応する「吩付」「言付」の表記の違いに着目し、明治時代には「吩付(附)」を和語の「イイツケ」にあてることが多いのだが、この「吩付(附)」という熟語自体、古典中国語ではなく新しい中国であるとする。確かに「吩付(附)」は『大漢和辞典』には見当たらない熟語だが、現代語の中国語辞典には、「fēnfu【吩咐】[動詞]言いつける.申しつける.」がある。古典中国語にない以上、「イイツケル」に「吩付」を当てるのは漢字列による読みとしてはストレートとは言えない。そのため、初版では直接的に結びつく「言付」という漢字列にしたのではないかと推測しているである。そしてそれは、初版の段階で、「具体性の付与」「現代的」「ストレート/シンプル」という判断がなされた結果ではないかと著者は考える。これは、現代の編集者も辞書編集の際に常に考えていることである。近代英語系辞書の黎明期に、すでにこのようなことを考慮しながら辞書の編纂に当たっていたのだとすると、実に興味深い。

さらに本書では、西欧で出版され、日本の英語辞書に影響を与えた英和・和英辞書にも言及している。日本の英語辞書史を考える上で、見落としてはならない重要な視点であろう。例えばそれはヘボンの『和英語林集成』に先行するバタビアで刊行された、メドハースト編『英和・和英語彙』(一八三〇年)などである。これらの辞書を参考にして、日本で最初の和英辞典『和英語林集成』(初版 一八六七年)が成るわけだ。そして、この『和英語林集成』についても、初版から第三版(一八八六年)にいたる語釈の変化を、様々な辞書と照合して、その影響を探っている。

本書は大正期の英和・和英辞書まで視野に入れているが、これを契機に、この時代の英語系辞書における日本語の研究が一段と進むことを切望する。
この記事の中でご紹介した本
日本語が英語と出会うとき 日本語と英和・和英辞書の百五十年/研究社
日本語が英語と出会うとき 日本語と英和・和英辞書の百五十年
著 者:今野 真二
出版社:研究社
以下のオンライン書店でご購入できます
「日本語が英語と出会うとき 日本語と英和・和英辞書の百五十年」出版社のホームページはこちら
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