天安門事件から30年 廖亦武インタビュー 聞き手=土屋昌明 一般市民が暴力に抵抗した記録  『銃弾とアヘン―「六四天安門」生と死の記憶』(白水社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年7月12日 / 新聞掲載日:2019年7月12日(第3297号)

天安門事件から30年 廖亦武インタビュー 聞き手=土屋昌明
一般市民が暴力に抵抗した記録  『銃弾とアヘン―「六四天安門」生と死の記憶』(白水社)刊行を機に

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白水社より廖亦武著『銃弾とアヘンー「六四天安門」生と死の記憶』(土屋昌明・鳥本まさき・及川淳子訳)が刊行された。本書は三十年前の天安門事件aを民衆の視点から迫った証言の記録である。六月初旬、亡命先のドイツより来日した廖氏にインタビューを行った。聞き手は訳者の一人である土屋氏にお願いした。      (編集部)
第1回
劉暁波と余志堅、二人の死

廖 亦武氏
土屋  
 『銃弾とアヘン―「六四天安門」生と死の記憶』が翻訳出版されました。この本は、六四天安門事件で当局から「暴徒」とされ、長期間、刑務所などに拘留された人々に取材した記録が主な内容となっています。著者である廖さんは、二〇〇四年からこのテーマに着手して、中国国内では出版できず、二〇一二年に台湾で出版しました。今回の日本語版は台湾版と少し内容が違いますね。
廖  
 以前、監獄での経験を書いた自伝が厚すぎたので、今回は原稿量を考慮しました。北京で取材したものを主に、その他若干と「劉暁波の最期のとき」を加えました。取材でも苦労しました。取材を拒絶された場合だけでなく、その時は受け入れてくれた人も、発表させてくれない場合がありました。二〇一七年に劉暁波が亡くなったのを機に、四川で取材した内容は割愛して発表することにしました。
土屋  
 劉暁波の最期について書いた内容は相当長い。これも数に入れれば、二〇〇四年から二〇一七年まで十五年近くこの本の仕事をしていたことになりますね。
廖  
 私の本は、一つのテーマで長時間かけて書きます。『中国低層訪談録』でも十年近くかけて、三百人くらい取材しました。細かい話はまだ書いていないのです。
土屋  
 四川大地震についても取材しています。
廖  
 四川大地震の本は別のテーマですが、シリーズ的には同じです。あの後、冤罪について取材した本に時間をかけました。
土屋  
 その『中国冤罪録』はなかなか入手できません。
廖  
 『中国冤罪録』は、例の如く禁書になったからね。土地改革について書いた本も同様です。二〇一七年までにしたのは、天安門事件に関して、劉暁波と余志堅という二人の重要人物のトピックがあったからです。余志堅は、毛沢東の肖像に卵を投げつけた人です。彼は学生たちに捕まり、警察に渡されたのです。余志堅は象徴的な意味を持っています。学生たちよりずっと先を行っていたし、解放軍に立ち向かった一般市民の代理でもあった。余志堅らの行動は、舞台演劇にもなりました。あるフランス人が彼らのことを芝居にして、何回も上演したのです。「自由劇場」でも上演があり、私は招かれて発言もしました。そのフランス人は天安門事件を経験した女性で、帰国した後、何年か経って中国の留学生の面倒をみたらしい。留学生に余志堅の話をしたら、留学生はそのことも余志堅という名前も知らなかった。それで芝居を書いたわけです。
土屋  
 それはいつ頃のこと?
廖  
 私が二〇一一年にドイツに亡命してから三年目。ドイツでは今でもこの芝居の上演がありますよ。
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この記事の中でご紹介した本
銃弾とアヘン  「六四天安門」生と死の記憶 /白水社
銃弾とアヘン  「六四天安門」生と死の記憶
著 者:廖 亦武(リャオ・イーウー)
出版社:白水社
以下のオンライン書店でご購入できます
「銃弾とアヘン  「六四天安門」生と死の記憶 」出版社のホームページはこちら
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