【横尾 忠則】かっての肉体と精神が現在に転生/生は夢…死は実相。|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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日常の向こう側ぼくの内側
更新日:2019年7月16日 / 新聞掲載日:2019年7月12日(第3297号)

かっての肉体と精神が現在に転生/生は夢…死は実相。

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2019.7.1
 温泉の湯当りではなく、湯ざめでもなく、まだ温泉の湯の効き目が続いたまま、躰がホカホカ温まったままだ。そのせいか眠くて仕方ない。

寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』の復刻版を出版したいとトゥーヴァージンズの浅見英治さんが来訪。オリジナル版は装幀をはじめブックデザインも手掛けたもので、エッセイ集としては当時話題になったもの。続編(別のデザイナー)と二冊函入りで出版の予定。新たにボックスのデザインも依頼。
2019.7.2
 『文學界』で〝日本現代美術の先駆者〟というテーマでメディアアーティストの落合陽一さんのインタビューを受ける。というより、こちらの作品の批評というか解説が中心。
2019.7.3
 今週掲載予定の内田百閒『百鬼園 戰前・戰中日記(上・下)』の朝日新聞の書評で、夏目漱石は日記は事実だけを簡潔に書くべし、とどこかで書いていた記録があったので、百閒さんの日記もそっけないほど事実のみを記述、と書評で書いたところ、編集長の吉村さんはその事実を八方手を尽して検索したものの、その事実が発見できなかったが、ぼくの記憶に間違いないと自負している。その一文を読んで、当時ぼくの日記を漱石の言う事実のみの記述にするほど影響を受けたので、どれかの本にきっと、その記述があるはずだと信じ、ぼくの記憶がそのまま書評に記述され、今週の書評に掲載されることになった。もし熱心な漱石ファンがいて、横尾の記述には信憑性がないと誰かがクレームをつけてくれば、それはその時のことである。

ここ10年近く仕事に追われるというようなことはなかったが、久し振りに文章の連載が、この本紙の日記「日常の向こう側 ぼくの内側」以外に「朝日新聞」の書評が月2回、『文學界』に小説のようなものの連載が始まり、さらに「週刊朝日」では瀬戸内寂聴さんとの往復書簡が来月から無期限連載でスタート。絵に関しても個展、グループ展と何かとひかえている。考えて見れば83歳の仕事のキャパは超えているような気がしないでもないが、逆に若い頃の感覚と同化することで、かっての肉体と精神が現在に転生するような気がしないでもない。

夜、朝日新聞の書評委員会へ。悪寒がするので中途帰宅。
2019.7.4
 雑誌『J PRIME』の伝えたいこと、残したいことについてのインタビュー。伝えたいことも残したいこともないことについて話す。

本日、読売広告賞「いだてんの新聞広告」の授賞式。欠席する。
2019.7.5
 東大病院の稲葉俊郎先生来訪。来春、神戸の横尾忠則現代美術館の「県立横尾病院(仮)」展のカタログに文章を、またトークの出演をお願いする。稲葉先生は芸術に対しても造詣が深く、医療問題とからめた話などを語ってもらいたい。
ASHURA TAMAKI(筆者画)
2019.7.6
 玉置浩二さんの肖像画の新聞広告の反響が大きいらしい。彼を三面体の阿修羅として描いたが、美術関係者の中にはピカソ、キュビズム、ピカビアという美術の文脈でしかとらえられない人もいるが、一般の多くが仏像(仏教)的教養でとらえたのに対して美術関係者は余りにも狭い固定観念の枠内でしかとらえられないというのは、実に寂しい。
2019.7.7
 この一週間珍しく夢は見なかった。夢の打ち止めかな? 見たのかも知れないが記憶に残るような夢はなかったというわけだ。だからというわけではないが、『文學界』の小説のようなものは、それ自体が夢のようなフィクションになりそうだ。歳を取るということは半分夢状態を生きることに似ているように思う。というか、生そのものが夢で、われわれが考える死は夢ではなく、むしろ、死の方が実相の世界であろう。(よこお・ただのり=美術家)
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