追悼 田辺聖子 楽に、大胆に、きれいに 坪内 稔典|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年7月19日 / 新聞掲載日:2019年7月19日(第3298号)

追悼 田辺聖子 楽に、大胆に、きれいに
坪内 稔典

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木綿のTシャツに七分袖のシャツ。そして、ジーンズのパンツにスニーカー。帆布のバッグを肩にかける。シャツはピンク系が多い。最近のわがスタイルだが、遠目には女性(老婆)と見えるかも。

バッグには買ったばかりの傘が入っている。日傘を兼ねた傘だ。先日、長い交差点を渡る際、初めてさしたが、ほんの少し照れた。

田辺さんの小説やエッセーが好きである。楽しくて、読むとなんだかせいせいする。たとえば「金魚のうろこ」という短編小説。

ぼくは恋人の連美の部屋へ忍んで行くが、夜中に腹がすき、台所に入って食べ物を探そうとする。ところが、恋人の義母と鉢合わせしてしまう。真夜中の三時だ。どういっていいかわからず、ぼくは思わず、「こんばんは」と言ってしまった。相手も「こんばんは」と応じる。「すみません」を連発しながら、ぼくは事情を説明するが、義母はカツサンドを作ってくれた。うまいカツサンド。いつのまにか四時半、夜明けが近い。ここからは引用するのがいいだろう。

「眼をしばたたくたびに、空のいろがみずみずしてきた。天心はまだ深い昏さが残るが、彼方の木の繁みと屋根の間の空に、一抹のピンクが刷かれており、小鳥の胸毛いろだった。
「人生以上。人生未満」
と、彼女はいった。

何が? と声にならず、眼で訊くぼくに、
「夜あけの美しさよ。人生以上に美しいけど、でも、人生にはもっと美しいときもある、ってこと」

といって、
「すこし酔った。なにいってるのか、自分でも分らない」

と笑った。そのとたんぼくは胸をしめつけられる思いがした。

ぼくはこの人が好きになった。こういう人を妻にした連美の親父さんに嫉妬した。」

カツサンドの後、二人はお湯割りのブランデーを飲んだのだが、ぼくはこの明け方、二つのことを覚えた。夜明けの美しさと、「すみません」を連発する状況に自分を追いこまないこと。

なんとも美しい夜明けではないか。もちろん、絵空事の夜明けだが、小説とか詩歌、すなわち文学と呼ばれているものは、基本として言葉が描く絵空事だ。 

ここまで書いて、私はふと大江健三郎の「万延元年のフットボール」を連想した。この小説、「夜明けまえの暗闇に眼ざめながら……」と始まり、語り手のぼくは庭に出て、浄化槽を作るために掘られた穴に入って腰をおろす。そして、この夏の終わりに「朱色の塗料で頭と顔をぬりつぶし、素裸で肛門に胡瓜を」さしこんで縊死した友人を観照する。ノーベル賞作家の描いたこの夜明けはとても鮮烈、鮮烈な絵空事だ。

田辺さんの夜明け、そして大江さんの夜明けが、共にある文学の世界。それを私は、とてもすてきな日本の文学的光景だと思っている。

二〇〇六年に「ひとつきだけの田辺聖子文学館」という展覧会を兵庫県伊丹市の柿衛文庫が行なった。田辺さんの初の展覧会だった、その展覧会の企画などを通して私は田辺さんに親しむようになった。すし屋などに誘ってもらって、田辺さんからなんとなく教えられたというか、彼女から伝わってきたのは、書いたり読んだりすることの楽しさだった。その楽しさは、友人と飲んだり話したりする楽しさ、買い物したり花を育てたりする楽しさとかわらない。そのような楽しさとして、田辺さんの小説、評伝、古典の話、エッセーなどがある。

田辺さんの訃報をうけて、私は、とりあえずスタイルを田辺聖子さんのようにしたいと思った。楽に、大胆に、きれいに、である。あの「金魚のうろこ」の夜明けのように。(つぼうち・ねんてん=俳人、京都教育大学名誉教授)
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